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J.D.サリンジャー作
私がサリンジャーにはまり、さらにはアメリカ文学を専攻するきっかけとなったのがこの作品でした。いろいろな意味でツボにクリティカルヒットです。


「ひょこひょこおじさん」(Uncle Wiggily)とはいったい何者だろう。どうやら、50年代アメリカで流行っていた漫画か何かのキャラクターのようだ。
もしもあなたが、足をくじいてびっこをひきひき歩くガールフレンドに「かわいそうなひょこひょこおじさんの足!」(原文は”Poor Uncle Wiggily!” もちろんuncleは「おじさん」と「足首」をかけてある)と、いたわってあげられたら、あなたも立派なグラス家の一員である。
グラス家というのは、この作品が収められている短編集「ナイン・ストーリーズ」の主役ともいえる7人兄弟の家族。「バナナフィッシュにうってつけの日」で登場したシーモアが長兄。その下に男女取り混ぜて6人の兄弟がいる。彼らの両親は、日本で言う漫才コンビを組んでいて、ラジオ番組によく出演している、という設定。
この一家は独特の優れたユーモアセンスを持っていて、それが各々について語られる物語を支え、魅力を与えている。ガラスのナイフのように、鋭くも脆いサリンジャーの作品のセンスは、すなわちグラス家の特質でもある。
物語の舞台は北国コネチカット州。専業主婦をしているエロイーズの元を、高校時代の親友、メリー・ジェーンが訪ねて来るところから始まる。
エロイーズには子どもが一人。メリージェーンには子どもがおらず、外で働いている。が、高校時代の二人は似た者同士だったから自然と話が弾むし、たいていのことなら隠しだてなしに、オープンに話せる。久しぶりに会った二人は、ハイボールを飲み干しながら、昔話や今の愚痴話で盛り上がる。言葉遣いは高校生の頃に戻っている。
いかにも何でも語り合えそうな二人だが、一つだけ例外があって、それは子供のこと。エロイーズにはラモーナという幼い女の子がいる。一方キャリアウーマンであるメリージェーンには、子供がいない。そしてエロイーズにとって一番苛立ちの種となるのがラモーナだった。メリージェーンにはそこのところが今一つわからない。
ラモーナには親友がいる。彼とはいつもいっしょで、眠る時も同じベッド。だから、彼女はいつもベッドのはしに寄って寝る。が、彼はこの年の子供によくありがちな、架空の友だち。ラモーナが想像の世界で作り出した理想の友だちだ。だからもし、彼が事故で死んでしまったとしても、すぐに新しい友だちができる。
実は、母であるエロイーズにはその昔、とても愛した人がいた。ウォルト・グラス。グラス家の一員。彼は日本の進駐軍にいるときに、事故で亡くなった。エロイーズは仕方なく今の夫と結婚したのだが、ウォルトの代わりになるはずもなく、結局は子供の父親でしかない。
普段の生活のなかで、昔の恋人の思い出をつとめてもみ消そうとするエロイーズの心をまるで見ぬくかのように、娘のラモーナは架空の友だちを作りつづけ、ベッドの半分を空けて眠る。エロイーズはそれがいたたまれなくて無理やり娘をベッドの中心に引っ張ってきて寝かしつける。自分の世界を否定された彼女は当然泣く。そして泣き寝入り。
泣きたいのはエロイーズだって同じだ。彼女のとなりは、娘が普段眠るベッドの半分と同じ、いつだって空っぽなのだから。しかもこの先ずっと。
メリー・ジェーンと昔話で盛り上がった夜、娘を寝かしつけに行ったエロイーズは、いつものように空いているベッドの半分を見ると、こみ上げる感情に押されるようにして娘のベッドわきのテーブルへ駆け寄った。そこに置いてあったのはラモーナの眼鏡(=グラス)だ。エロイーズは涙でぬれた頬に眼鏡をそっと押し当て、何度も「かわいそうなひょこひょこおじさん」とつぶやく。眼鏡を戻す時には、まるで思い出を封じ込めるようにレンズ面を下に向けて。そして娘にやさしくキスをして寝室を後にする。
わかるなあ、その気持ち。エロイーズはそうやって、誰に聞こえなくても、片手を打ち鳴らしつづけてきたんだね。
――両手の鳴る音は知る。片手の鳴る音はいかに。
これはサリンジャーが「ナインストーリーズ」の冒頭で引用した禅の公案。

(2002年に書いたブックレビューを再録)
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