オグ・マンディーノ(坂本 貢一訳)
予想はしていたが、ハンカチ、いや、ハンドタオル必須の物語だった。


まず、冒頭。主人公の男性すなわちジョン・ハーディングが人生の絶頂で妻子を失うという不幸に見まわれている。喪失感に耐えきれず、ついに机の引出しからピストルを取り出す。
 こともあろうに、ここでヘミングウェイが引きあいに出される。今になってようやくあなたの気持ちがわかりました、とジョンは少年のころ憧れた彼に向かってつぶやく。なかなかつらい場面である。
 アーネスト・ヘミングウェイ――タフガイとして知られ、周りの人々からは「ヘミングウェイ・パパ」と親しまれていたその人は、人生半ばにして自らピストルで人生を終わらせた。なぜそうなったかは「海流の中の島々」を読めばすぐにピンとくると思う。愛する人々が次々に死神にさらわれてゆく。次に死神が迎えに来るのは、自分なのか、それとも自分が大切にしている人々のところなのか…。そんな緊張に対抗するためにタフガイを演じ続けたものの、ついに耐えきれなくなり、自分から進んで死神のもとへ出向いてしまった、そんな風に受け取れる。
 その彼と自分とをジョンは重ね合わせ、自殺の言い分けをした。そこで幸か不幸か、ジョンを死の淵から引き戻すノックが響く。もちろんここで主人公を死なせては元も子もないし…。
 ノックの主はジョンの旧友で、何と、妻子を失ったばかりの彼に「リトルリーグの監督を頼む」ときた。一種のショック療法のつもりだろう。もちろん、引き受けるつもりはさらさらない。なにせこれから自殺する予定がはいっているんだから。そんなジョンをあの手この手で旧友は説得し、強引に監督を引きうけさせた。うん、持つべき者は友だな、やはり。
 そして夏休み限りの短いリトルリーグのシーズンが始まる。この辺りの描写はいかにもアメリカの古き良き片田舎って雰囲気が良く出ていて楽しい。
 わが主人公が率いるチームの名は「エンジェルズ」。要するに「天使軍団」。「天使軍団」は正式の選手9名と補欠の3名からなる。そしてその中に、走ることも打つこともボールを捕ることもままならない問題児が一人いた。彼が「12番目の天使」ことティモシー・ノーブルである。
 結論から先に言うと、ティモシーの脳には腫瘍が出来ていた。悪性の、手術では除去不可能な腫瘍が。余命数ヶ月。物は二重に見えるし、平衡感覚も失われている。それでもティモシーは可能な限り普通の男の子として過ごしたい、とあえてリトルリーグに応募したのだった。母も主治医もそんな彼を出来るだけサポートする。「ぜったいあきらめない」「毎日さまざなま意味で僕はどんどん良くなってゆく」(注1)の二つの呪文がティモシーにとって唯一のそして最強の武器だった。実際にこの呪文を毎日自分に言い聞かせているがために、ティモシーは失敗を重ねても驚くほど前向きで彼なりに進歩をとげ、さらに仲間をも励ます力を持つにいたったのだから。
 監督であるジョンがティモシーの腫瘍について知ったのはだいぶ後になってからのことだ。その時の彼の反応は想像に難くないだろう。自分の運命を受け入れ、なおかつ最善を尽くそうとするティモシーの姿にジョンは深く感動し、同時に自殺を考えた自分を恥じた。恐らく恥じたのはジョンだけではない、と思う。多くの読者がそうではないだろうかと察する。(もちろん私もその一人…)
 そして、物語は進み、お約束通り、エンジェルズはリーグ優勝を果たし、ティモシーは最終打席でついに初ヒットを放つ。その後ティモシーは、外出もできなくなり粗末な自宅でジョン監督のお見舞いを待つようになるのだが、彼は最期まで弱音を吐かなかった。
 天使というのは、優しいだけでなく、結構気が小さいらしいので、直に「甘えるな」なんてことは言わないと思う。その代わり美しく強い物を見せて、弱音を吐きたがる私たちを激励してくれるのだろう。この話は、実話がもとになっていると聞く。
注1
原文は”Never,never give up”と”Day by day in every way I am getting better and better”。作者によると、”Never~”はW.チャーチルがオックスフォード大学の卒業生に向けて語った言葉、そして”Day by day~”については、エミール・クーエ著『意識的自己暗示による自己支配』から取り出した言葉だという。クーエはフランスの心理療法学者で、ポジティブな自己暗示による心身の病の治療を提唱した。
ちなみにジョン・レノンも”Beautiful Boy”の中で”Day by day~”を一部変えて使用している。
(2002年に書いたブックレビューを再録)

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