クラウス・コルドン(訳:酒寄進一)
ヒトラーが政権を「合法的に」奪取した1933年のベルリンの様子が、貧しい労働者階級の家族を通じて描かれている。


主人公は共産党を支持するゲープハルト一家の次男、ハンス。彼には尊敬し、慕っている兄ヘレと、部屋を共有している姉のマルタ、そして父母と同じ部屋で暮らしている弟のムルケルがいる。仕事に出るようになって恋人もできた。
兄は結婚して一児の親になろうとしており、共産党員としてナチの台頭を阻もうと仲間と奔走している。
対して姉は恋人がナチに入党し、昇進してゆくのを許す。ゆくゆくは夫になるであろう彼が昇進すれば、彼女は惨めな暮らしから抜け出せるからだ。
ハンスの恋人、ミーツェは芯の強い読書好きの女の子で、ユダヤ人の伯父夫婦のもとで暮らしている。彼女自身半分ユダヤの血が混じっている。
ハンス本人はどの党にも属するつもりはなかったが、仕事先でナチ党員に目を付けられ、結局職場から命からがら逃げ出すことになった。
家族や友人、そして自身が事件に巻き込まれるたび、ハンスは人として何が一番大切なのか、何を最優先に守るべきなのかを実感してゆく。
物語はヒトラーが大統領に就任した時点で終わっている。その時ハンスがしたのはミーツェと一緒にこっそり赤旗(共産党の象徴のみならず、ナチに対する反旗)を、連行された兄の部屋の真上に掲げることだった。
作者のクラウス・コルドンは東ドイツ出身で西へ逃亡を図って失敗し、その後作家活動を始めたと、プロフィールにあった。ベルリンには非常に愛着を持っていて、この作品はベルリン三部作の第2部である。第一部は兄のヘレを主人公に、第三部ではヘレの娘、エンネを主人公に据えてハンスとミーツェのその後をも描いているらしい。
第二次世界大戦前夜のドイツというと、すぐにヒトラー政権が思い浮かぶが、誰も望まなかったはずの政権がどうやって誕生したのかという経緯を知る意味でも興味深かった。
しかしこの物語で何に惹きつけられたかというと、あくまでナチに対抗する決意をしたゲープハルト一家の戦いである。金も権力も力もなくてどうやって対抗するのか。潰される危険を承知で反抗の意図を表示し続ける。そうやって殺された仲間を横目で眺めつつ、監視の目をくぐり抜けて反抗を続ける。壮絶だな、と思う。ドイツ人の半分でもその気概があったならナチは誕生しなかったかもしれない。
じゃ、日本はどうなんだと問われたら返す言葉もないけれど。
文体もとても好きだ。翻訳物の場合、文体は訳者の影響をかなり受けるから、本来コルドン氏がどんな文のリズムを持っているかは定かでないのだが、親子の会話とか、ひどく辛口な医者の登場とか、ハンスの仕事の相棒のキャラクターとか、ミーツェとの結びつきが強まる過程などなど、上手いというより「こういう書き方が好きなのよね」とつぶやきたくなるような筆運び。(2004.5.7)

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