ドナ・ジョー・ナポリ(金原瑞人・久慈美貴 共訳)
グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」の魔女を主人公に、その生涯を描いた悲劇と帯にはある。ヘンゼルとグレーテルの時代、それは悪魔と神が人間にとても近い場所にいた時代だったのだろう。
脇役を主人公にしてしまう、というのは二次創作の世界ではよくある話だが、こうして堂々とグリム童話の脇役(でも非常に有名)を主人公にしてしまうとは。まずそのアイデアが面白いと思った。そしてこれがこんなに切ない話になろうとは。


それから、語り口。一人称の淡々とした語り口で、出来事を観察記録のように述べてゆく。
でも語りの奥にゆるぎなく存在するのは、常人には無い力を持ちながら、その力は神に与えられたにすぎないと、限りなく謙虚であろうとする態度、そして悪魔の力に屈しないという何よりも固い決意。
その謙虚さと決意のおかげで、物語の主人公こと「醜い女魔術師」は一度は悪魔の手に落ちて魔女となりつつも最後に救われる。
だから、これは悲劇とは言い難いのではないかと思う。悲劇というのは、運命の力に屈せざるを得なかった人間の物語であり、この場合は自分の力で自分を救った人間の物語なのだから。
少し本筋から外れるが、この女魔術師を見ていると、ホーソーンの「緋文字」の主人公を思い出す。「緋文字」はアメリカへの移民が始まった時代のボストン付近が舞台。人種はピューリタン。物語の主人公は、姦通罪のために村を追い出され、どんなに問いただされても相手の名を言わず、森の奥深く、一人娘とともに慎ましく暮らすことになる。
一方、逃れの森の魔女は、たった一度悪魔の罠にはまったがために、村から追い出され、逃れの森へと逃げ延びる。彼女の一人娘は救われたものの、二度と会うことはかなわず、森の中で悪魔と闘う厳しい生活を強いられる。
一度は禁を犯しつつ、非常にストイックに生きる姿が似ているなと感じた。
 そういえば、作者が暮らしているのはアメリカ・ペンシルヴァニア州。つまり、ボストンと同じ、アメリカ東部だったりする。
(2005.7.14)

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