ダン・ブラウン(越前敏弥 訳)
今日から映画公開ということで、このごろ本屋に行くと必ず平積みされている。先日ユダの福音書が発見されたということもあって、ふと興味が湧いて衝動買いした。


ミステリー、そしてエンタテイメントとしての出来栄えは最高だと思う。文庫本で3冊にわたるボリュームでありながら、実際に事件が起きたのは24時間の間。言い換えれば、夜中の10時過ぎに事件が起きて、翌日の夕方に円満解決。そのわずかな時間に、聖杯探求という西洋史上最大級の謎解きがぎっしりつまっている。しかも逃亡劇をうまく組み入れて、凝った暗号解読をちりばめ、まるで映画化を視野に入れたようなストーリー展開。
ただ、章の切り方が、民放のドキュメンタリー番組よろしく、「これから謎の答えがわかります」てところでぶちっと切れていて、あまり上品なつくりとは言えない。もっとも、訳者によれば、原文は内容の割りに相当くだけた文体だったので、日本語にする際に格調を上げたというから、作者は完全にエンタとしてこの話を書いたのだろう。その方が、しかるべき筋からクレームが来た際には「これは作り話ですから」といって逃げやすそうだ。
主人公のロバート・ラングドンはアメリカ人の宗教象徴学専門で、カトリック教徒を刺激するような著作を出しては危ない目に会うことがあるらしい。そのへん、考古学者が活躍する某ハリウッド映画を思い出すのだが。(そういえば、かの映画の3作目は聖杯をめぐる話だった)今回はそれと知らずに地雷を踏んで危ない目にあうという筋書きだ。窮地に陥った彼を救うのが、暗号解読官のソフィー・ヌヴー(名前から察しがつくように、フランス人)で、彼女が実質的な主人公といってもいい。もう一人、聖杯の研究では第一人者のリー・ティービング(イギリス貴族)が加わって聖杯探索がおこなわれる。
聖杯の謎、もっとはっきり言えば「聖杯」が指し示すものとそのありかを解く手がかりとして、レオナルド・ダ・ヴィンチと彼の絵画、テンプル騎士団、アイザック・ニュートンなどなど、世界史の授業で必ず耳にする名が続々登場する。人物だけではない。物語の舞台としてルーヴル美術館、テンプル教会、ウエストミンスター寺院などが活用され、あまりに小道具が豪華なので、それぞれの背景について語る解説本が何冊も出ている。(1つのネタでしっかり稼いでいるなあ)
聖杯の謎解きは、イエスの神性をひっくり返してしまう結末をもたらすので、ヨーロッパはじめ、キリスト教圏で物議をかもし出しているあたり、宗教の根深さを感じる。
でも、この物語が投げかけているのは、神の否定でも冒涜でもない。権力によっていかに宗教が利用され、男性優位の社会が作られたか、ということである。(むしろ神の存在は肯定されている)
3世紀当時のローマ帝国は、勢力を伸ばすために、当時まだ教義が固まっていなかったキリスト教を利用し、自らに都合の良い福音書だけを正典と認め、あとは異端とみなして徹底的に排除したという。
その結果、イエスは生涯独身を通し、ユダの裏切りによって磔刑を受け、さらには三日後に復活したという記述が、当然かつ神聖不可侵のこととしてキリスト教徒(=ヨーロッパ中の住人)の間に広まった。実際には、イエスの生涯や言行を書き記した福音書は数多くあり、それとは違う記述もあったという。が、時の権力者によって、都合の悪い部分はばっさり切り捨てられ隠匿された。そして教会がすべてを支配する西洋の中世時代がやってきた。
聖杯伝説は、切り捨てられた福音書が形を変えて生き延びた証拠だという。その真偽はともかく、(フィクションだから、偽だってかまわない)宗教と権力の関係については真実だろうと思わせられる話だった。
ここから先は余談だけども、この話の中で一番気に入ったのはティービングだった。変わり者のイギリス人貴族としてよく描けてるなあと、ほとほと感心した。でも彼は最後の最後で非常に残念なことになってしまい、もし、足元にちゃぶ台があればひっくり返しているほどだ。
次に気に入ったのがベズ・ファーシュ警部で、ルパン3世のとっつぁんを髣髴とさせるキャラが良い。
自分でも意外だが、主人公ラングドンのキャラクターは無色透明で、彼のどこがそんなにいいのかなあとソフィーに問い掛けたくなってしまった。
で、読み終えてふと思ったのだが、この作品、聖杯探索と見せかけて、実は違う何かを訴えていたりしないんだろうか。ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」のように。

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