4763002112 青空のむこう
アレックス シアラー Alex Shearer 金原 瑞人
求龍堂 2002-05

by G-Tools

シアラーの作品は、前から一度読みたいと思っていた。「チョコレートアンダーグラウンド」にも心惹かれたが、「青空の~」は死んでしまった少年が成仏(?)するまでの話ということで、資料的な意味も兼ねて手に取った。本家イギリスの立派な児童文学。


別に壮大な物語ではない。姉とケンカしたまま家を飛び出して、トラックにひかれて死んでしまった少年が、どうにか姉と仲直りを果たして、そして本当の意味で死後の世界「The Great Blue Yonder(大いなる青の彼方)」へ出立するまでの話。
興味があったのは、いわゆる死後の世界。この話の場合だと、死んでしまうとまず、受付の長い行列にならばなくてはならない。並んでいるうちに自分が死んだのだと自覚する。
それがすむと、永久に沈まない夕日がさしていて、時間が流れない世界へと足を踏み入れる。現実の世界と同じように建物や公園やベンチはあるが、お腹もすかなければのどもかわかないので、飲み食いの必要は無いらしい。
たいていの人々は、「The Great Blue Yonder→」という標識にしたがって、ある方向へ歩いているが、なかにはふらふらと何かを求めて彷徨いつづけている人たちもいる。彼らはたいてい、死ぬ前にやり残したことが気がかりで The Great Blue Yonder に行けない人たちだ。
主人公の少年、ハリーもその中のひとりだった。彼は同じように死後の世界を歩き回る少年、アーサーに出会う。アーサーは150年も前から、顔も知らない母を探して死後の世界をさまよっているという。ハリーとアーサーは仲良くなって一緒に地上、つまり現実の世界へ抜け出そうという。幽霊として現世を散歩してくるわけだ。
ハリーは自分の死後、みんながどうやって暮らしているのか興味しんしんだった。その興味は実際に友だちを目にすることで、切なさ、やりきれなさへと変化してゆく。なにしろ友だちに話し掛けても誰も気づいてくれない。メッセージも伝えられない。サッカー遊びなんてとんでもない。出来ることと言えば、精一杯神経を集中させて葉っぱを落としたりすることぐらいだ。(もっともアーサーぐらい死人暦が長いと、スロットマシンの大当たりを出すこともできるらしい)
しかし、ハリーは決意する。なんとかして姉に仲直りのメッセージを伝えなくてはと。
彼は懐かしの我が家へむかう。そして見たものは最悪に気がめいる光景だった。本当は知らずにいたほうが良かったのかもしれない。でも、彼はなんとかして自分のミッションを遂行する。
死後の世界に戻ってきたハリーはこれで心置きなくThe Great Blue Yonderへ行けると、すっきりした気持ちで歩き出した。夕日に向かって、歩いて歩いてその先に見つけたものは……。
海だった。青く深く限りなく広い海。
もちろん、水で満たされているのではない。力というか、ある種のエネルギーのようなものが満ちていて、そこに混じると、あらゆる命の一部になるのだという。ハリーという存在が解体するかわりに、新しく生まれる命の一部になるわけだ。(この場面にきた時には心底おどろいた。だって同じようなことを考えるヒトがイギリスにもいたなんて!)
これは言ってみれば第二の死だが、肉体を失う第一の死と違うのは、自らの意志で海に入っていかなくてはならないということ。その踏ん切りがつかない人たちはいつまでも死者の国でうろうろし続けたり、もっとひどい場合には現世に幽霊として居座りつづけることになる。
The Great Blue Yonderに飛び込むことのできたハリーは、たぶんラッキーな方だったんじゃないだろうか。ただし、それは自分でつかみとったラックだ。
しかし、The Great Blue Yonder という言葉は原題でもあるのだが(英語としてものすごく素敵なタイトルだと思う。yonderというちょっと古風な単語のひびきがとても気に入った)、いくら金原さんといえど、訳しづらかっただろうなあ。だって空の青と海の青をひっかけてあるんだもんね。邦題は「青空の向こう」となって、空を取った形になったけど、物語のイメージからすると、これで正解なんだと思う。

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