4591082032 水の精霊〈第4部〉ふた咲きの花 (teens’ best selections)
横山 充男
ポプラ社 2004-07

by G-Tools

最終巻ということで、これまでの伏線を回収しつつクライマックスへ。シリーズの中では一番テンポ良く楽しく読むことができた。相変わらず脇役のすばらしいこと! 「チンピラくずれ」と本文中で扱われている佐久間、野間、五島が胸のすくような大活躍をしてくれた。


一番の目玉となる「ふた咲きの花」の二人はとりあえずハッピーエンド。将来、本当に風鈴の屋台をひきながら全国を回るかどうかはわからないが、やるべきことをすませ、自分たちの信じる道を生きられるようになって、めでたしめでたし。みずきちゃん、真人くんにたどりつけて本当に良かったね。世の中には、たどりつけない人も少なからずいるのだから。
その一方で、伴智俊を首領(ドン)とする古神道学派の後始末がちと中途半端だったような気がしないでもない。もちろんドンが負けを認めれば戦いは終わる。が、彼が根回しした「光の子」計画や政治的な動きは止まらないと思うし、だとしたら、彼の手駒となった人々はその後どんな道を進むのだろうかと気になる。このシリーズの外伝、出ないかなぁ。個人的には富山のふた咲きのカップルのこととか、第3部で土ぐも族にかかわった女の子のその後とか、すごく興味がある。
また、観光案内としても面白く読めたかも。とにかく、山歩きの描写が多い。北アルプス、京都北部、熊野などなど。なぜか実際に訪れた場所が多く、描かれている情景がはっきりと目に浮かんで非常に読みやすかった。
冒頭部で有峰湖が登場したときなどは、生温く笑ってしまった。過去に二回、飛騨側から車で有峰湖に行ったことがあるのだが、どうもあの辺りの土地に嫌われたらしく、二度とも激しい車酔いで死にそうになった記憶がある。(もちろん乗り物酔いで死ぬことはないけど)物語中にも登場した展望台では、頭痛でくらくらしながら湖を眺めていた。もしかしたら、ダム湖に沈められた村の怨念みたいなものに感応したのかしら? なんてね。
さて、ここから先は少し真面目な話になる。筆力が足りなくて小難しい内容になるので、読み飛ばしてもらって構わない。
このシリーズを貫いているアイデアは、「水」の力と水を「清める」力。水は万物の源であるという考えは、物語の中で何度も形を変えながらくどいほどに顔を出す。水の流れ(=気の流れ)が滞ることの無いように清めつづけるのが、真人やみずきがその血を引くという「セゴシ」の人々なのだという。究極に清められた場所には神が降りるという。
「清」と「穢れ」という思想はもともと神道のものだけど、それは同時に日本に古来から存在する思想だ。
さらにこの物語では、神についての記述も多く顔を出す。主人公やセゴシの人々が神(の一部)と交感するシーンまで描かれている。そこで現れる神ははっきりと目に見えるものではなく、五感で感じる何かとして描かれている。美しく、喜びにあふれる何か。決して裁いたり罰したりする存在ではなく、宇宙の根源としてただ存在する何か。
最初は神道的な神の存在のことを言っているのかと思っていたが、第4部まで読み進めにいたり、これはとんでもない話になってきたと思った。宇宙の根源にある存在といえば、それはおそらく、キリストが示した「天にまします我らの父」であり、ブッダが悟りの瞬間に感知したものではないかと思うのだ。
去年の春に、「ユダの福音書」が発見されたと大騒ぎになったことがあって、好奇心の塊である管理人は、さっそく日本語訳を手に入れて読んだ。この短い福音書の中で、ユダがキリストに「天の国(神のいる場所)とはどのようなものか」と問う場面がある。その時のキリストの答えが、真人とみずきが「三の花の儀」の最中に見た/感じたものとよく似ているなあと驚いたのだった。

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