ナイン・ストーリーズ (新潮文庫) ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)
サリンジャー

by G-Tools

「笑い男」は、「ナインストーリーズ」に収録されている短編のうちのひとつ。学生時代に読んだのが懐かしくて引っ張り出してみた。正直、当時は物語のキモがよくわからなかったのだ。

1920年代のアメリカにも、今の日本で言う学童保育みたいなシステムがあって、放課後そこに通う男の子たちと指導員の青年との交流が物語の芯となっている。でも本当の主役は、指導員の青年が紡ぎ出す物語の主人公「笑い男」。幼い頃、悪党にさらわれて顔をつぶされ、長じてのち仮面をつけた義賊となった笑い男は、小学生の悪ガキどもにとって正真正銘のヒーローだった。
作中作とはいえ、サリンジャーが月光仮面並みの(?)荒唐無稽な英雄物語を生み出していたなんて、それだけで楽しい。そのぶっ飛びぶりは、作品の中で楽しんで欲しい。


だが、不死身かと思われたヒーローも、最後は敵の卑劣な罠に落ち、敵を倒しはするが親友を失った悲しみで死んでしまう。

ヒーローの死は語り手の青年の中で大切なものが死んでしまった(具体的には恋人を失った)、その時期とぴったりシンクロする。小学生たちは、青年の喪失感をヒーローの死として感じ取る。その衝撃は並大抵のものでなかったことが、ラストの数行でひしひしと伝わってくる。

恋はいつかは終わるものだし、ヒーローだって死ぬ。同じように輝ける子ども時代も唐突に終わりを告げる。サリンジャーの物語は、失われたものや失われてゆくものに対する賛歌で満ちている。

願わくばもう少しすっきりした日本語で読みたかったかも。この短編に関しては、野崎氏の訳文にちょっと違和感がある。自分の目で原文を確かめなくては。

ちなみに「攻殻機動隊SAC」に登場する笑い男は、もちろんサリンジャーから借りたキャラクターだけど、仮面性と義賊的な部分を使いたかったのだろうかと推測してみる。

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