4120039447 スカイ・イクリプス
森博嗣
中央公論新社 2008-06-24

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スカイクロラシリーズの番外編。文庫版の表紙を探しても見つからない。そりゃそうだ、今年の6月に出たばかりなのだから。
でも、この番外編が出てからシリーズに手をつけてよかった。それでなくてはクレイドゥ・ザ・スカイの謎が解けない。
シリーズ中、この本だけは三人称で書かれているので、物語の外枠が比較的つかみやすい。つまり、謎を解くヒントがいろいろ隠されているということで。


番外編ということで、いくつかの短編が並んでいるのだが、それぞれ主人公が違う。ササクラであったり、ティーチャであったり、情報部のカイであったり、カンナミであったり、クサナギの娘であったり。すっかり顔なじみとなった彼らの話なので興味深く読めたが、時間軸がバラバラなので、それを頭の中で本編と絡みあわせ、パズルのようにはめ込む作業が面白い。
どの話にも通じているのが、登場人物の気持ちが地上に向いているということ。地上で生きることの重さ、汚れ、煩雑さと付き合っていこうとする方向に話のベクトルが向いている。なんとそれはクサナギやカンナミも例外ではない。言い換えれば、キルドレは大人になる(老化する)ことが可能になったのだ。大人になってみれば、それも悪くないというのがクサナギの実感だ。
そういう意味で、この本が実質的な最終巻だろう。
老化しないキルドレの身体構造については、前巻でサガラが説明してたが、この巻でも再び医師(クサナギの罹りつけらしい)が説明する。
キルドレが成長しないのは、常に細胞が新陳代謝を続けて新しく入れ替わっているからだという。記憶は脳にできる皺=老化の証で、キルドレの脳は皺さえ修復されてしまって、だから記憶が蓄積されない。人類は老化を選ぶことで記憶を手に入れたのだという。
キルドレであることを選び、空で死ぬのと、老化を選び、地に足をつけて生きてゆくのとどちらが幸せなのだろう。それはわからない。
ひとつ言えるのは、クサナギは後者を選んで後悔していないということだ。
さて、最後に話を究極のパズルに戻してみよう。
前巻でのフーコとの逃避行の際、いつからクリタとクサナギが入れ替わったか、という難題。出発点は明らかにクリタだった。それが河原での戦闘を終えたときにはすっかりクサナギになっている。まるでエッシャーの騙し絵でも見ているように。
クサナギがクリタを撃った。病院を抜け出したクリタがフーコの部屋に匿ってもらっていた。それは事実と思っていい(クサナギの娘が記憶している)。ところがフーコと逃避行をしたのは実はクサナギだったらしい(フーコがそう言っているし、逃避中に寄ったドライブインでの男性陣の視線を考えれば納得がいく)。
ということは……。
フーコの部屋で逃避行の話が出た後に、クリタはクサナギの訪問を受け、射殺を願い出た可能性が一番高い。
次の章の「彼女の車で出発した」というところからクサナギ視点だ。もっとも、この時のクサナギは意識が混濁してたようで、自分がクリタでクサナギに撃たれるという幻想を見たようだが。
面白いことに,キルドレは他のキルドレの記憶と自分の記憶が交じり合うことがあるらしい。もしかすると遺伝子の悪戯なのかもしれない。無意識下で並列化作業(笑)が行われているとか。記憶を失うかわりに共有するわけだ。そうやって考えると、キルドレの意識が誰も似たり寄ったりなのが理解できる。
いやはや、シリーズまとめて実に面白いつくりの話だった。そして読後感がほんのりと温かい。

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