4152089415 ゼロ年代の想像力
宇野常寛
早川書房 2008-07-24

by G-Tools

いやー、面白かった。
サブカルチャー、つまりコミック・アニメ・ドラマの分析を通じて、1980年代~2000年代にかけての「想像力」の移り変わりを追ったもの。
批評・分析の対象となる素材として馴染み深いコミックやアニメが取り上げられていて、ああ、あの作品はこんな風に読めるのかと目からウロコがポロポロポロ。過去を丁寧に辿ればある程度次の時代が読める。次に来るのはどんな想像力なのか。
以下、ものすごく大雑把なまとめ。


おおよその流れとしては、社会が大きく変化したことにより何が正しいのがわからず、動きがとれずに引きこもるのが90年代、引きこもっていては生き残れず、かといって何が正しいか誰も保証してくれない世界で、個々に頼れる価値感を求め、同じ価値を標榜する者同士で閉じた集団を作り、さらに集団同士が生き残りをかけてバトルを繰り広げる状態(いわゆるバトルロワイヤル)が00年代前半。今、一番進んでいる想像力は、バトルを回避すべく、集団は作ってもその構成員のつながりはゆるやかでしかもバトルが生じる前に解散してしまうというもの。
取り上げられた作品はいわゆるセカイ系から癒し系からいろいろ。ごく一例をあげると……
社会全体が共有する価値観が失われた90年代に引きこもり系、セカイ系の作品(エヴァや最終兵器彼女)が登場し、00年代に入るとそれに代わってサヴァイブ系、生き残り系の作品(デスノート、野ブタ。をプロデュース)が登場し、さらにサヴァイブ系の持つ暴力を解消するべく、日常と擬似家族に救いを見出す作品(木更津キャッツアイ、よつばと!)が登場する。
また、平成仮面ライダーの変遷を追いつつ、その奥に潜む想像力の変化を追う作業も興味深かった。
それだけでなく、セカイ系作品に潜む、オタク男性たちのマッチョイズム(精神的・肉体的に深い傷を負った、つまり弱い少女を所有したいという願望)にも言及し、それと表裏をなす関係で、バブル崩壊以降、家父長制度の「父」の消失は明らかだが、実はその裏には肥大化した母性が隠れていたという指摘(高橋留美子の「るーみっくわーるど」と、それを批判した構成を持つ「ビューティフル・ドリーマー(うる星やつら2)」を例にとっている)など、非常に興味深い考察があって、そういう時代の読み方があるのかと刺激的だった。
これは、どっぷりとサブカルチャーに浸っている人にはぜひ、読んでほしいと思う。すごく面白い。

広告