4087605248 荒野へ (集英社文庫)
Jon Krakauer
集英社 2007-03

by G-Tools

1992年、単身でアラスカの原野に分け入り、約四ヶ月後、ベースキャンプ代わりにしていた古いバスの中で死亡しているのを発見された青年がいた。彼の名はクリス・マッカンドレス。彼が裕福な家庭の出であり、アラスカの原野へ入り込んだのは好奇心のなせる技だったらしいとわかるやいなや、アメリカ中で話題になったという。
登山家であり、ジャーナリストでもあるジョン・クラカワーがある雑誌からこの事件に関する記事を依頼されたのだが、クラカワーはマッカンドレスに共感するところがあったらしく、記事を書き上げた後も入念に青年の足跡を辿ることになる。そうして生まれたのがこのノンフィクション作品だ。


マッカンドレスに会った人たちの証言では、彼はまるで何かに取り付かれたかのようにアラスカの原野を目指していたようだし、彼は徹底的にアウトドアで身一つで過ごすことにこだわっていたらしい。人間を拒む土地で自分がどこまで極限状態に耐えられるか試したかったのだろうか。
「自分の限界を見てみたい」という欲求は別に特別なものではなく、普通の若者と何ら変わらないように思える。10代から20代にかけて、大抵の若者は何かしらの形で無茶をやりたがる。暴走してみたり、家出をしたり、逆にこもったり。もう少しお行儀のいいやり方だと特定の趣味にのめりこむとか。マッカンドレスの場合はただ、その指向が荒野へと向いただけだ。
その証拠に、彼は親に対しては大層な反発を感じていたものの、決して人間嫌いではなく、社会からはじき出されたわけでもない。むしろその気になればいくらでも社会に溶け込んでゆける素質があった。(まあ、だからこそ社会からはじき出された層の人間から見たら、マッカンドレスの行為は「馬鹿げている」以外の何者でもないのだが)それを作者は次のように言い表している。

マッカンドレスは森の遭難者によくある典型的なケースであった。軽率だったし、僻地にたいする正式な訓練を受けていなかったし、無謀とも言えるほど不注意であったにもかかわらず、無能な男ではなかった。無能であれば、百三十日間は持ちこたえられなかっただろう。頭がおかしくもなかったし、反社会的な人間でも、浮浪者でもなかった。マッカンドレスはなにかもっととくべつのものであった――なんと言ったらいいか、ぴったり表現するのはむずかしいけれど。巡礼者とでも言おうか。

彼はただひたすら大地(人智を越えた存在)との一体感を感じたかったのかもしれない。ジャック・ロンドンの「野生の呼び声」ではないが、彼が心に荒野を抱えていて、それがしつこく呼び出しをかけてくるのだとしたら、それはそれでわかる気がする。おいそれとは人が踏み込めない土地へ危険を求めて出かける「冒険家」という人々は、多かれ少なかれ、そういう呼び声を感じているのだと思われる。
ちなみに管理人がアラスカのフェアバンクス近郊へオーロラを見に行ったのは、事件の2年後、1994年。軽飛行機から見下ろしたタイガの森は、とてもじゃないが人の踏み込める土地には見えなかった。

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