415208992X ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
早川書房 2008-12

by G-Tools

最初の数ページを読んだとき、「キノの旅」を思い出した。「人の痛みがわかる国」っていう話があって、他人の考えてることが筒抜けになると、とてもじゃないけど人間はまともに生きられないというオチだったんだけど、この作品では、さらにたちの悪い世界設定になってた。
地球上の人口の約8割が”WatchMe”という分子サイズの端末を体内に入れることによって、体内の情報はすべて「生府」のサーバへ集められ管理されるようになったという設定。もちろんそのことによって、携帯がなくても聴覚や視覚にWatchMeが干渉することで、通話はもちろんネットにつながって情報を集めることもできる。見知らぬ他人でも、ネットにつながってさえいれば、名前も肩書きもすぐにわかる。プライバシーもへったくれもない。攻殻の世界に近いものがあるかな。人間の身体を公共物とみなし、その健やかな維持を異常に尊重するという点を除いては。
とにかく、心も体も最大限傷つけず、もし傷ついた場合は速やかに手当が施され、肥満もやせ過ぎもなく、生活習慣病が消え去った世界だ。当然ながらアルコールやニコチンは絶滅危惧種。
そんな世界で3人の少女が自殺を試みた。しかも餓死という、とことん身体を痛めつける手段で。動機は……真綿で首を締め付けてくるような息苦しい世界へのささやかな抵抗? いやいや、そんなかわいいものじゃない。ある意味人類の終焉へ続く道を踏み出したのだった。


SFは、ストーリーやキャラ描写よりも、むしろ世界設定の中に作者のメッセージが込められているものとして読んでいるけど、この話の設定もすごく面白かった。そうなってもおかしくないという世界設定から始まり、それが極まると、人類はこんな風に変化していくこともあり得るという提示。現実離れした世界を描いておきながら、人間の可能性についてずばりと切り込んでくるスリルと面白さ。
テクノロジーがどんどん発展して、人間が自分自身のことすべてを外注、つまり機械やシステム任せにしたらどうなるんだろう。自分で自分の行動を決める必要がなくなるから、意志=自我も必要なくなる。すると自我は退化してなくなってしまうのだろうか。自我を失った人間は果たして「人間」と呼ぶべき生き物なのだろうか。それはむしろ「人形」かもしれない。ピノキオじゃないけど、人形が魂を持つと人間になるという話があるぐらいだから、その逆だってあり得るかもしれない。

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