4591092143 コンビニたそがれ堂―街かどの魔法の時間 (ポプラの木かげ)
村山 早紀 名倉 靖博
ポプラ社 2006-09

by G-Tools

大事なさがしものがある人はかならずそこで見つけることができるという、不思議なコンビニを介した5つの短編集。
「コンビニたそがれ堂」――その年頃によくありがちな意地っ張り小学生男子の恋物語。
「手をつないで」――決してそうしたいわけではないのに子どもを傷つけてしまうお母さんのために。
「桜の声」――ラジオ局のアナウンサーさくら子さんが祈りをこめて語りかけるとき。
「あんず」――もしも一日だけネコが人間になれたら。
「あるテレビの物語」――機械にだって魂は宿る。
どの短編も、物語の底に愛が流れている。人から人へ伝える愛だけではなく、ネコもテレビも桜の木もみんな自分を可愛がってくれた人のことを愛し、彼らの役に立てることがこの上ない幸せだと感じている。普通は人と人以外の存在の気持ちは簡単につながらないけど、コンビニたそがれ堂に行けば、そのきっかけが必ずもらえる。


この一週間で、子どものクラスメートのお父さんが立て続けに2人亡くなって2回弔問に伺った。80歳を越えるようなおじいちゃんおばあちゃんの葬儀なら、どことなくのんびりした空気が漂うが、自分と同じ年代の人のお通夜の席は気が滅入る。
読経の声に耳を傾けつつ、命はどこから来てどこへ消えてゆくのだろうなぁと、これまで何度も何度も考えた(けど結局はわからない)ことをまた考え直してしまう。
そんな夜に、コンビニたそがれ堂の店員さんはこう語ってくれた。長い銀の髪をゆらし、金色の瞳をあやしくきらめかせて。

 たしかに命というものは、「どこか」からきて、「どこか」へいってしまうもののようだね。ここでずうっとみていると、わかるよ。
 でも、わたしには、それが、「どこ」と「どこ」の話なのかまでは、正直、わからない。どんなに長く生きていても、わからないことはあるからねえ。
 ただ、ひとつ、いえることがある。
 みえなくなっても、あえなくなっても、きっと、「どこか」には、みんな、ちゃんといるっていうことさ。消えてしまうわけじゃない。だれの魂も、どんな想いもね。

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