415209155X 沈黙の時代に書くということ―ポスト9・11を生きる作家の選択
サラ パレツキー Sara Paretsky
早川書房 2010-09

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サラ・パレツキーといえば、女性私立探偵 V・I・ウォーショースキーが活躍するミステリが有名。
人気作家のエッセイということで、図書館の新刊コーナーで目にしたときは「軽く読めそうだからついでに借りてみよう」と思ったのだが、読み始めてみれば、とんでもなく濃い内容だった。アメリカの歴史を勉強しなおさなくちゃ、と思ってしまうぐらい。


サラ・パレツキーが生まれたのは1947年。激しい人種差別の残るカンザスで育った。彼女の青春時代は、キング牧師が活動していた時代。彼女は、シカゴの街でキング牧師に出会ったのだという。
彼女の生い立ち・学生時代の話は壮絶だ。崩壊する家族の中を、あるいは激しい人種差別や女性差別の荒波をかいくぐって生きてきた様子がつづられている。
実は、アメリカで人種差別と同じくらいに激しかったのが女性差別。その激しさと来たらもう、日本が極楽に見えるぐらいだ。特に堕胎のみならず避妊すら認められなかったというのが厳しい。女性が男性に襲われた場合、それは女性が誘惑するから悪い、なぜなら女性は本質的に男を誘惑する堕落した存在だからという考えがまかり通っていた。それが70年代までおおっぴらに続き、73年に女性の中絶の権利が認められたのちも、一部の保守派はたとえ法律で認められても「モラル的に認められない」として女性と女性を助けようとする者(主に中絶手術を行う医師)すべてを迫害する。
アメリカでウーマン・リブとか女性解放運動が起きたのは、決してファッションではなく、そうしなければ女性はまともに生きることすらできないという、切実な思いにかられてのことだったのだ。
そんな生活の中、パレツキーの中で、差別と戦い迫害された人々の立場を代弁するべく生まれたのが、私立探偵のV・I・ウォーショースキーだった。
パレツキーが心を痛めているアメリカの問題は多い。自分さえ良ければ社会はどうでもいいという個人主義、ヒット商品以外は市場に残らない(=細く長く売れる良書が駆逐される)仕組みを作ってしまった商業主義、個人のプライバーを公然と踏みにじり、反発の声をあげることすら禁じる愛国者法。
彼女が作品を書き続けるのは、社会の底辺で声を上げられずにいる人々の声を拾うためだという。

沈黙は同意を意味するのではない。沈黙は死を意味する。いいたいことがあるのに怖くて発言できないとき、あるいは発言を禁じられたとき、わたしたちはクロゼットに閉じこめられたように感じる。沈黙はメルヴィルのように市場に強いられることもある。ケイト・ショパンのように世間のヒステリーに強いられることもある。無遠慮な検閲という形で政府に強いられることもある。今日(こんにち)のアメリカでは、沈黙を強要する圧力がこの三つの源すべてから迫ってきている。 (P.183より)

メルヴィルが「白鯨」を発表した当初はほとんど売れず、結果として彼は生活費を稼ぐ必要に迫られて思うような作家活動ができなかったし、ケイト・ショパンは、息詰まる結婚生活から抜け出すために不倫に走るという内容の「目覚め」が激しい批判を受けたために、次の作品が出版してもらえないまま亡くなった。
また、愛国者法=Patriot Actの成立により、例えば連邦捜査官は,図書館から図書貸し出し履歴などの個人情報を入手でき、職員は,当局が情報開示を求めたことを人に漏らしてはならない。 当局は,容疑者と確認されていない人々の行動を監視し,事前の通告なしに自宅や職場の捜索もできる。
パレツキーにとって「書く」という行為は、不条理を押しつける社会と戦うため、また、精神的に死なないための重要な手段なのだ。

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