459112245X KAGEROU
齋藤 智裕
ポプラ社 2010-12-15

by G-Tools

第五回ポプラ社小説大賞受賞作。
作者が実は俳優の水嶋ヒロだったということで、良くも悪くも前評判と発売後の反応がものすごいことになった作品。受賞が決まってから齋藤智裕=水嶋ヒロが発覚したということなので、有名人だから受賞できたわけではないのだが、受賞後、異例の速さで発行にこぎ着けたのはやはり、出せば売れるということが確定していたからだろうなぁ。出版社にとっても予想外のラッキーだったと思う。これがきっかけで読書人口が増えるといいのだけど、それはちょっと無理?
内容は、人生に絶望して自殺を試みようとした40才の男が、ある青年に引き留められ、どうせ死ぬのなら、臓器を売らないかと持ちかけられる話。男はその話に乗るのか止めるのか。また、自殺を思いとどまるのだろうか。話は予想を裏切る方向に流れてゆく。
一部で言われているように、素人目に見ても決して上手いとは言えない文章・筋運びだし、ラノベ級にさくさく読める話だというのも本当。だからといって決して軽い話ではないし、評判だけ聞いてそれで読んだつもりになれる話でもない。自分的にいちばんしっくり来る例えは、そうだなぁ……実作合評の原稿を読んでいるみたいだった。強く訴えたいことがあるけれど、技術的に足りなくて、書き手も読み手ももどかしい気持ちになる原稿。
(ここから先は多少のネタバレがあります)


物語の主人公である40男、大東ヤスオは、臓器提供についての話を聞いた後、自殺はやめて自分の臓器を売ることに決めた。自分で自分の命を終わらせることに変わりはないが、被提供者が見つかって安楽死が実行されるまでの短い間に、ヤスオはそれまでの人生では得られなかった気づき、教訓、出会いを得る。
たとえば、それまで何のとりえもなかった自分が、はっきりと目に見える形で人の役に立てるという実感を得て、彼の肉体と魂を生み出し育ててくれた両親への感謝の気持ちが湧いてくる。どのみち死ぬとわかっていながら、自分の臓器の値段に一喜一憂する愚かさに苦笑する。
そしてどんな奇跡が舞い降りたのか、彼は恋にさえ落ちる。その相手は、なんと20才近くも年下の女の子で、彼女は心臓を患っており、ヤスオの心臓を移植される予定になっていた。ヤスオは彼女の心臓になるなら喜んで死ねると思う。ここで皮肉というか面白いのは、普通なら愛する人を見つければ死ぬのを止めて生き延びたいと願うはずが、彼に限っては、逆に死ぬ決意をますます固めることになるところ。結局ヤスオは、契約が実行されるその時までの限られた時間を、誠実に自分を大切にしながら生きようと心に決める。自分のためではなく、自分の心臓を待っている彼女のために。
ヤスオの立場は少々特殊に思えるかもしれないが、本当は誰もがヤスオとよく似た状況に立っていることに気付かないだろうか。いつかはわからないが、とにかくやってくる死。人が生きられる時間は限られている。ヤスオは自殺願望者だったということもあって、死の到来をはっきり自覚し、前向きに受け入れてた。その結果、残された生の時間は充実したものとなった。死というゴールがはっきり見えている上に、愛という希望があるために、今この瞬間に生きている自分を大切に思う気持ち。この物語が感動を与えるとしたら、理由はそこにあるのではないだろうか。
そしてこの物語は「開いている」と思う。自己完結していない。主人公が自分の救いを求めるのでなく、自分を差し置いて他者が救われるように望んでいるからだろう。そして読み終わったあとに「あなたの生はどうですか?」と語りかけてくる。
さいごにひとつ、巷で何かとケチをつけられることの多いダジャレは、ヤスオをヤスオとして認識するためのしるしのようなものだと理解する。アラフォー世代がみんなダジャレが好きなわけではない。……はずなので(以下略)。

広告