4103534222 1Q84 BOOK 1
村上 春樹
新潮社 2009-05-29

by G-Tools

今年のお正月に手に入れて以来、ずっと読むチャンスを狙っていたのだが、それが巡ってきたのはなんと12月に入ってからだった。やれやれ。
(そういえば、この作品の中には「やれやれ」が登場してないぞ!)
さっそくあらましを書き出してみよう。区切りがいいので、とりあえず2巻まで。
青豆という女性と川奈天吾という男性(ともに30才)の話が1章ずつ、交互に進む。
青豆は高校の頃からソフトボールに打ち込み、大学は体育学部に進学し、そこで人体の構造(主に筋肉)や鍼灸術について学ぶ。現在はスポーツクラブのインストラクター。独身。特定の恋人はいない。
青豆は、ある地位の高い老婦人と知り合い、彼女の信頼を得て、彼女の仕事を手伝っている。それは、法では裁けないDVの加害者に制裁を与えること。大胆かつ丁寧な仕事ぶりで、決して秘密が漏れることはなく、今のところうまくいっている。
天吾は、学習塾で数学を教えながら、小説家を目指して公募に励む日々。実力はある公募の最終予選まで何度か残るほど。独身だが年上で人妻のガールフレンドがいる。1984年の4月のこと、天吾は、懇意にしている編集者からめんどうな頼み事を持ち込まれる。それは17才の少女、深沢絵里子の書いた小説「空気さなぎ」を秘密裏ににリライトすることだった。そうすれば、文章の体裁はめちゃくちゃだが、不思議な魅力を秘めた「空気さなぎ」は、新人賞を取るというのだ。
天吾はさんざん悩んだ末、高校生が書いたという小説の魅力にあらがえず、書き直しをする羽目になる。実は、それが世界を変えてしまう特別な仕事だったということにはまったく気付かず。さらに言えば、その仕事のせいで青豆が奇妙な世界1Q84に巻き込まれてしまったのだが、天吾はそのことも気付いていないし、そもそも知りようがなかった。
物語が進むにつれ、この二人にはある特別な関係があることがわかる。
(以下、非常に長い感想と思考が続きます。でもクリティカルなネタバレはしてません)


★身体性と精神性
村上春樹の物語といえば、やたらにセックスの話が出てくる、という印象があるけれど、それは必要があるから出てきてるわけであって、この「1Q84」になると、肉体と精神的なものとの対比およびつながりを出すために使われている、という印象が強い。
天吾の場合だと、セックスに対する態度や興味は人並みだけども、誰と付きあってもじきに面倒になって関係を解消してしまう。今の彼女とうまくいっているのは、彼女が年上だから気を遣わなくていいということ、すでに結婚しているので天吾に対して面倒な責任(要するに結婚問題)を押しつけてこないということ。この二つが大きい。身体が満足できればそれでOK、面倒ごとは勘弁して欲しい、という立ち位置だ。
一方青豆は、もともと人の身体に対して異様なほどの知的好奇心を持ち、触れるだけで難しいツボを感知する特殊な指を持っている。時々、性欲を発散させるべく、夜の街で男を漁ったりするが、それは奔放であるというよりは、精神と肉体のバランスをとめために必要なことであるらしい。彼女の心は永遠にある少年のもとにあり、それは誰も手を出すことができない。
身体のことが書き込まれれば書き込まれるほど、それとは独立した精神性も強調される。身体の魂の満足は、つながっているところもあるけれども別物である。現実世界に属する身体と目に見えない深い世界に属する魂。人であるためには、両者が糸のようなものでつながっていなければならない。
★暴力の形
最初は、女性差別、子どもへの虐待、貧困、宗教団体内のあやしい動きなど、世間的に判りやすい暴力が、カタログのように現れる。青豆にも天吾にも決して恵まれたとは言えない子ども時代がある。彼らの周りの人々もいろんな形で暴力の犠牲者となっている。
青豆は、ある宗教団体のリーダーの「処理」を依頼される。彼は初潮前の少女達をレイプし、彼女たちの身体を損なったのだという。青豆は、実際に損なわれた少女(保護された後に逃げ出してしまったが)と面会することができた。
ここまでは、さる宗教団体によるテロを思い起こさせる筋運びだ。
しかし、実際、リーダーと二人きりになるチャンスを得て殺害に及ぼうとすると、彼はすでに青豆の到来を予知していて、是非殺してくれという。その理由は、ひどく不可思議なものだった。とにかく、それまでのリアリズム世界を吹き飛ばす奇妙な得たいの知れない存在が登場するのだ。
それはまるで、「羊三部作」中の背中に星を持つ羊、あるいは「ねじ巻き鳥クロニクル」に登場するワタヤノボル。「1Q84」の中ではリトル・ピープルだった。
★「空気さなぎ」とリトル・ピープル
リトルピープルが、作中に初めて登場するのは、「空気さなぎ」という小説の中。最初はそれが架空の存在だと誰もが思う。でもそれは現実に存在する。すくなくとも「空気さなぎ」を書いた少女は本当にそれを見て、いっしょに空気さなぎをつくったのだった。空中から不思議な糸を取り出して。それはあるいは、人の魂と身体をつなぐ糸だったのかもしれない。
リトルピープルとは何なのか。作中の説明では、太古から人間とともにあった何らかの力だということらしい。正邪の区別など持たない、ただそこに存在するパワー。特別な人間が「王」として彼らの声を聞き、他の人々に伝えることができる。大昔、「王」は任期が終わればむごたらしく殺されるのが慣習だったこともあるという。それが、リトルピープルから「恩寵」を受けた事に対する代償。まるでアレを思い出す。ゲド戦記に登場する、太古から存在する大地の奥に潜む力だ。この力はどちらかというと邪悪な力として描かれていたけれども、雰囲気がリトルピープルと近い。
★1Q84ーずらされてしまった世界
青豆はある事件がきっかけで自分がそれまでとは微妙に違う世界にいるらしいと気がつく。覚えのない社会的大事件が数年前に発生している。何より月が二つある。彼女は恐れおののきながら。新しい世界を密かに1Q84と名付ける。彼女が生まれ育った古い懐かしい世界が本来の1984。世界は奇妙な力でずらされてしまったのだ。
「スプートニクの恋人」のすみれが引き込まれていた世界や、星形の模様を持つ羊のいる世界、あるいは「ねじ巻き鳥」における井戸の向こうの世界も1Q84と同質なのではないかという気がする。
読み進めてゆくと、1Q84の出現は、天吾が「空気さなぎ」をリライトしたことと関係があるらしいが、詳しくはまだ書かれていない。本来の作者である「ふかえり」と天吾の力が互いに働き合って、特殊な力が発動したらしい、とそこまではわかっている。
ここで興味深いのは、物語を物語る力が、リトルピープルに対抗する力として置かれていること。リトルピープルが大昔から「王」とともに存在していたこという話と合わせると、世界の神話はリトルピープルに対抗する力として、必然的に紡ぎ出され、受け継がれてきたのかもしれない。少なくとも1Q84の世界では。

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