4896918568 大人になれないまま成熟するために―前略。「ぼく」としか言えないオジさんたちへ (新書y)
金原 瑞人
洋泉社 2004-10

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これは翻訳家として有名な金原瑞人氏が、「ヤングアダルト」という用語の由来を語っている本であり、決して自己啓発とか自分探しの本ではない。


そもそもヤングアダルト(YA)という言葉が誕生するためには、若者が認知され、彼らが文化を生み出す力を持たなくてはいけなかったという視点で、50年代以降のアメリカと日本を比べながら、音楽・小説両面を巻き込んだ若者文化について語られている。
かつて(といっても第二次世界大戦前)は「若者」は存在せず、「大人」と大人以前の存在としての「子ども」がいるだけだった。子どもはある年齢になれば働きに出て稼ぐものであり、その瞬間から「大人」扱いされていたのだから。「若者」が存在できたのは、大戦後のアメリカに経済的な余裕ができて裕福な学生(つまり、消費活動を通して社会に影響を与えることのできる存在)が増えたことに始まった。
話は日本に戻って、「大人になれないまま成熟」しなくてはいけない最初の世代は、団塊(全共闘世代)のすぐ下、三無主義(無気力・無感動・無関心)世代と呼ばれた金原氏自身が属する世代なのだという。
団塊世代は価値観を破壊し尽くした後に、素知らぬ顔で社会へとけ込んむ。三無世代は価値観の瓦礫の中で身を潜めあたりの様子をうかがう。モデルとなる「大人」はすでになく、かといって自力で新たな価値観を生み出す余裕もなく、結果として大人になりきれないまま年を重ねざるを得なかったという流れ。
金原氏は「大人になれない自分」を肯定した上で、若者に何かを伝えてゆく責務があると考えている。
その次の世代になってようやく、新たな創造力がオタクという形で出現する。最初はまるで社会から認められなかったオタク文化は、今や日本文化の代表として世界中に広がっている。もちろんオタクだって「大人になれないまま成熟」しなくてはならないことには変わりないのだろう。
この本が出版されて7年後の現在、ツイッターなどの発言を追っていると、オタク文化は袋小路に入りつつある、というか新しい局面を迎えつつあるように見える。
今度はライトノベルとヤングアダルトと若者文化の関係を論じた本を読んでみたいものだ。
おまけ:
中学生のうちの娘に聞いてみたら、ラノベとコミックは読者層がほぼ同じで、YAは小学校高学年向けの読み物だと思っていたらしい。
おまけその2:
金原氏は「指輪物語」をYAだと分類しているが、正直なところ、それだけには違和感を感じた。ファンタジーは、一般小説ともYAとも分けて、独立した一分野として捉えた方が良さげに思える。
もっとも、ハリポタをYAとして分類することには違和感を感じないし、「ライラの冒険ー黄金の羅針盤」を児童文学に入れることにも抵抗はない。だから、ファンタジーの中でさらに一般向け、YA、児童文学、という具合に分ければいいのでは? と個人的に思っている。すると、「1Q84」なんかは一般向けファンタジーだろうな(ふふふ)。
何を持ってファンタジーとするかはまた別の機会に。

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