4047913979 アルケミスト (海外シリーズ)
パウロ コエーリョ 平尾 香 Paulo Coelho
角川書店 2001-12

by G-Tools

ものすごく上質な寓話。
ある羊飼いの若者が、夢に導かれ、自分の運命の道を歩ききる話。その途中では必ず決意や力量を試す試練がある。それも1度のみらず2度も3度も。けれども、「前兆」を見逃しさえせず、それに従う勇気が持てれば必ずゴールにたどり着けるのだという。
タイトルがなぜ「アルケミスト」(錬金術師)なのか。
それは、若者が運命の道をたどると同時に世界の秘密を知るからで、それが「全てのものは一つであり、一つのものは全てである」ということ。例えば言葉にしても、普通に人が使っているのは○○語とか△△語など、文化や地域によって異なる言語だけども、それとは別にあらゆる人間のみならず、動物や植物、鉱物(例えば砂漠の砂)とさえも通じる「大いなる言葉」があって、若者は自分でも気付かないうちにそれを身につけていた。
最初は羊と意志をかわすだけだったのが、違う言語を使う人とのコミュニケーションに役立ち、やがては世界そのものから難なくメッセージを受け取れるようになり、ついには風や太陽、神とも言葉を交わすことが可能になっていた。
言葉がそういうふうなのだから、世の中の全てのものは大いなるひとつのものに還元されうる。というのが理屈……かな。当然、鉛が金に姿を変えることも可能なのだ。そうなる必要があるならば。
と、真面目な話はここまで。
以下はユーモアの分かる人限定です。


実は、ラストの場面にかなり「???」と思うところがあって、それがなぜかというと、神と言葉を交わし、自の姿を風に変えることさえできた主人公のサンチャゴが、運命の道を歩ききった最後に何を手に入れたかというと、金銀財宝なのだ。いくらそれが残りの人生を保証する財産だとしても、俗っぽすぎないだろうか。そんなものよりは道中で手にした世界の理の方がずっと重要だし、なにより、若くしてゴールに到達した彼はいったい余生を何に使うのだろうと首をひねってしまう。普通に結婚して羊飼いあるいは商人として生きて、たまに昔の自分のような若者に手を貸して、それで満足なんだろうか。
……満足なんだろうな。
しかし、読者的にはどうもつまらない。
そこで想像してみた。
サンチャゴは愛する人と結婚し幸せな生活を送っていたが、不慮の事故で妻を失ってしまう。失意に沈む中、風の中に自分を呼ぶ声を再び聞いて、今度は大西洋を越えてハバナへ行く。そこで漁師になり、一旗揚げたが、やがて年を取り、3ヶ月近くまったく魚が捕れない状態が続いて、本気で引退を考え始めたとき、海の呼び声を聞いて最後の漁へ出て行く。そこで大カジキと格闘して……。
すみません。ヘミングウェイとごっちゃになりました。m(__)m
いやその、「老人と海」も私にとっては大切な本なのですよ。

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