ステイシー・オブライエン
日経ナショナルジオグラフィック社
発売日:2011-02-21

生まれつき翼に障害のあるメンフクロウのオス、ウィーズリーと、彼の育ての親であり、伴侶でもあった人間の女性、ステイシーの19年間の記録。
ナショジオのメルマガで「読者モニター募集」とあったので、応募したら見事に当たった。福を呼ぶと言われるフクロウの話なので縁起がいいかも。

エッセイ風の文章がどんどん積み重なって、時にはステイシーのBFの話になったり、またある時には勤め先であったカリフォルニア工科大学の変わった面々の話を交えたりしながら、ウィーズリーの成長や変化の様子が描かれてゆく。エッセイ集にしてはボリュームが多いので、散漫な印象はするが、数々の体験や観察から導き出されるメッセージははっきりしている。
動物は豊かな感情と知性を備えており、魂を持つということだ。多くの場合、彼らの脳と人間の脳とは構造が違うので、彼らの身体のしくみや習性について良く知った上で注意深く観察しないとわからない。でも心の交流、魂のレベルでの交流は充分可能なのだ。

このことを具体的に表すエピソードが14章の中にある「くちばしと鉤爪」だ。
伸びすぎて翼にひっかかるようになってしまったツメ、同じく伸びすぎてまるまってしまったためにネズミをうまく飲み込めなくなってしまったくちばしをどうするか、ステイシーは試行錯誤することになる。ただでさえデリケートなウィーズリーは、爪切りややすりを見ただけでパニックを起こす。寝ているときに不意打ちをかけようとしてもすぐに見破られる。結局、ステイシーは根気強く言葉で語りかけ、爪切りやくちばしへのやすりがけのイメージを心に思い浮かべて伝えることで成功した。前もって爪切りややすりがけの必要な理由、そしていつ決行するかを伝えた結果、ウィーズリーは自らかぎ爪やくちばしを差し出し、苦行に耐えて見せたのだった。

「科学技術万能の社会にあって、わたしたちは、先祖代々受け継いできた、動物や自然についての豊かな知識を失った。多くの現代人が゛自然欠落障害゛を患っているとも言えそうだ。自然界と疎遠になり、自分自身の本質からも疎遠になってしまっている。直感による意志の疎通は、大むかしまむの人々には馴染みのものであったろう。動物たちは、考えられていたよりもじつははるかに複雑だ。そしてはるかに知的であって、人間とは深い絆で結ばれている。それを謙虚に学ぶことで――学びなおすことで――わたしたちは新たな進化を遂げてゆく、とわたしは強く信じたい」
p313〜314より

「あるメンフクロウとの思い出の記」とも言える本書がアメリカでベストセラー入りした理由は上記の信念にあるのだろう。本文中でも、ステイシーはじつにさまざまな場面で動物を真に愛する人々と出会うのだが、本が出ることによって、より多くの動物愛好家の心を刺激したに違いない。
また、本書を読みながら何度も、「カイエ・ソバージュ」シリーズの「熊から王へ」を思い出していたのだった。大昔から人と動物は心を通わせることができた。熊が人になったり、熊と人が結婚したり。両者が分け隔てられてしまったのは、ほんの最近のことではないのか。

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