4251066758 キリエル
A.M. ジェンキンス A.M. Jenkins
あかね書房 2011-03 

by G-Tools

「キリエル」ってどこかで聞いたようなひびきだなと思って表紙を見たら、どことなく剽げた悪魔がいる。

最初の数ページをめくると、地獄のルーティンワークに飽き飽きした堕天使(つまりはサタンの手下)が、持ち場を抜け出し、地上の生活を味わうため、とあるアメリカの若者の身体を乗っ取った話だとわかる。正直ありがちすぎる設定かもと思ったが、この手の話は嫌いじゃないので楽しめればいいやと付き合うことにした。

結局一気読みだった。キリエルの振る舞いがいちいち楽しすぎるからだ。
人間の身体、すなわち五感を通じて眺める世界の美しさに幻惑されるキリエル、堕天使のくせに、いや、堕天使だからこそ困ったちゃんにお説教をかましてしまうキリエル、純粋に好奇心から「7つの大罪」を経験してみようと、果敢にも女の子を誘うキリエル。

彼は人間の不完全さを愛している。予定調和が守られる世界には面白みを感じず、不完全さから生まれる想定外の出来事、奇跡的な出来事を愛でている。

微笑ましくてしかたないのだが、彼の根っこには、「神」(もちろんキリスト教で指し示されるところの神)に振り向いてもらえないという寂しさがある。地獄を抜けだしたのだって、神が自分の存在に気づいて罰を下すなり何なりしてくれないだろうかという期待があってこそだ。

なんだか、あれだね。親の関心を引きたくていたずらを繰り返す寂しい少年を見ているようで切ない。そのくせ、神の完璧さに反感を抱いていたりする。だから神を褒め称えるだけの「非堕落組」の天使たちを嫌い、「ボス」ことルシファーにくっついて彼は地獄へ降りた。そのこと事態は後悔してないようだが、自分の存在の重さを確かめたくて仕方ないらしい。悪魔にも中ニ病があるのか?

彼もまた、イレギュラーな天使として愛すべき存在だし、恐らく神はすでにそんな彼を愛していると思うのだが、彼がそれに気づくのはどれだけ先の話だろうか。

そうそう、「キリエル」というのは古の言葉で「魂の鏡」を意味し、地獄に堕ちてきた罪人に己の魂の姿(きっと醜いのだろう)を見せて後悔させるのが本来の仕事であるらしい。しかし、地上の生活で彼が映し出したものを見る限り、人の世は捨てたものじゃないなと思わせられた。

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