4063728013 へうげもの(9) (モーニングKC)
山田 芳裕
講談社 2009-07-23

by G-Tools

織部焼といえば、当地ではごくありふれた品で、子どもたちの陶芸教室でも「作品の焼き色は黄瀬戸(黄土色)にする?織部(深緑)にする?それとも志野(白)で?」というほどに身近な存在。その織部焼を始めたという古田織部がひとかどの武将で、しかも織田・豊臣について活躍していたとは、ほんの数年前に知ったことだった。たまたまドライブで「道の駅・もとす」に寄り(岐阜県本巣は古田氏の出身地)、古田織部資料館を見学して「へぇ、実はすごい人なんだ」と興味を持った。が、それだけ。

それが最近になって、織部を主人公にした「へうげもの」が面白いと聞いてちょっと読んでみたら……すっかりはまった。三大英傑以外の目線で見る戦国史は思った以上に人間臭さがリアルだし、戦国時代は文化面でも新しい流れが生まれてきたのかと驚くことしきり。

戦国時代に茶の湯が流行し、その大家が千利休だった、ということは教科書にも載っている。でも当時の実生活においてそれが具体的にどんな意味を持っていたか、までは想像が難しい。

茶の湯は当時の武士たちの間ではファッショナブルなたしなみで、当時は「ファッション」という言葉はなかったから「数寄」という言葉で言い表されていたが、茶の湯で使われる名器(高級ブランド品といってもいい)は、戦いの裏で取引の材料に使われたりするほどの力を持っていたらしい。

数寄や名器を流行らせたのは、もともと堺の商人たちであり、その頂点にいたのが千利休。まあ、ファッションリーダーですな。それで数寄者系の武将たちはこぞって利休の弟子になりたがった。もちろん織部も弟子の一人であり、「へうげもの」の中では一番弟子扱い。

また、茶の湯は単なる趣味に終わらず、一種の密室である茶室を利用し、洗練された接待の中で武将の腹の中を確かめ、密約を交わす場になったりもする。そういう生臭さも非常に興味を惹かれる。

利休が目指したのはご存知「わびさび」の世界。極力無駄を排した簡素な美の世界は、漆黒の黒茶碗に集約されるわけだけども、この茶碗の黒さはあらゆる人の業を飲み込んで最終的には虚無の世界=死へつながる黒に見える。なんといっても戦国時代だ。人々の欲望や野望はむき出しになるし、いつ戦いで命を落とすかわからず、昨日の友は今日の敵なんてことが当たり前にあったりして「諸行無常」と人の業の深さを同時に体感せずにいられない。だからこそ利休の茶は多くの人を魅了し、畏れをも感じさせたのだろう。

その利休は最期、切腹を命じられるという形で自ら生み出した黒の中へ消えてゆく。このときの介錯人が古田織部だ。結果、彼は師を敬愛しつつも乗り越える使命を負った。師が築き上げた世界を乗り越えるために、織部はどうしたかというと、「へうげ」てみせた。「笑わせたら勝ち」だ。

本来彼は笑いのセンスに優れていたようなのだが、それをさらに開拓して、歪んだもの、意図せずに生まれた奇抜なデザインを取り上げ、人の目を楽しませる新しい流行を作っていった。当時としてはかなりの冒険をし、それが見事に当時の数寄者に受け、人望を集めていたようだから、現代で言えばジョブスのような存在感を持っていたのかもしれない。
リンゴ社製品の魅力がスマートさと独特の美的感覚にあるのだとすれば、織部ブランドの魅力は可笑しみ=へうげる(剽げる)ところにある。例えば「茶碗の模様はこれが定番」に対し、掟破りのデザインを出しておいて「そんなのアリ? ……アリかもしれない、それにしても笑える」と言わせる。
現代に比べてよほど死と背中合わせの日常を送っていた時代だからこそ、「笑い」は重宝されたのかもしれない。単なる息抜きとあなどるなかれ。なぜなら、笑うためには、対象を客観的に、斜め上から見る目が必要だし、それができれば大抵のことに対して冷静な判断が下せる。うまく活用すれば無用な争いが減らせるというもの。

広告