4990524314 思想地図β vol.2
東浩紀 津田大介 和合亮一 藤村龍至 佐々木俊尚 竹熊健太郎 八代嘉美 猪瀬直樹 村上隆 鈴木謙介 福嶋亮大 浅子佳英 石垣のりこ 瀬名秀明 中川恵一 新津保建秀
合同会社コンテクチュアズ 2011-09-01

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突然日本を襲った未曾有の震災・災害に対して、言葉はどんな力を持てるのか。
物書きを目指す人たち、そしてすでに文筆業を営んでいる人々なら、きっと何度も自問したと思う。そして、ツイッターやニュース番組にかじりついては、情報の波に飲まれたことだろう。 当時「情報災害」という言葉が生まれたほどだ。
この本を読むと、当時の気持ちが生々しく蘇ってくる。今だから冷静に言葉で説明できることがあるし、逆に忘れてはいけないことをすでに忘れかかっていることに気づいてドキッとすることもある。

さまざまなレポート・提言がなされているが、内容は大きく分けて2つの軸がある。ひとつは今後の地域コミュニティのあり方や都市のあり方など、ハードやインフラ面への提言。
もうひとつは、ソフト面、つまりこの大震災を日本人の経験の一つとしてどう向き合い、思想的に消化してゆくかという話。
自分が関心を持っているのは後者のほうで、というのも、震災直後から現在に至るまで飛び交っている雑多な意見を、自分なりに整理したかったからだ。インフラについても、もちろん興味深く読んだし、何か自分にできることはないかと考えているけれど、今はもう、できる人頑張ってくださいと、応援しかできないので。

掲載されている文章の中で、ひときわ心に残ったのが、福島在住の詩人・和合亮一氏による「詩の礫 10」だった。これは震災から二十日後の4月1日から2日にかけて、ツイッターで発表された詩を再録・再構成したものだ。
この本の編集者である東氏は、大阪・仙台で開かれたシンポジウムの席で、「日本は復興の前に、きちんと〈喪〉と向き合わなくてはならない」という内容の発言をしている(もちろんこのシンポジウムも掲載されている)。立ち直る前に、喪ったものをきちんと悼む行為なり儀式なりが必要だと。その作業を抜きにして、(精神面での)復興はありえないのだと。
その行為・儀式が詩として結実したものが、まさに「詩の礫 10」だった。おのれの力ではどうしよもうない不条理に対して、怒り、悲しみ、さんざん嘆いたあとでようやく小さな光の存在を見出す一人の人間の姿がくっきりと浮かび上がる。個人的な体験を綴っていると同時に、同じ思いを持つ人々が彼の後ろに大勢居ること、それがひしひしと伝わる。どんな報道よりも、かの地の人々の感情が生々しく伝わる。同時に、被災地から遠く離れた場所で「普通の生活」を送れる自分と、かの地の人々の間には、深くて広い淵が横たわっていることもわかる。
それでもこの詩は〈喪〉の作業がうまく機能した幸運な一例だ。
日本全体としては、〈喪〉を受け止める思想も文化も今はないのだという。それもこれも、長らく「平和」が続いて大規模な〈喪〉を経験したこともなけば、そんなものが来ることさえ予想もできなかったことに起因する。
平和が長く続くこと事態は喜ばしい。しかし、今度の災害が示したように、永久に続く平和や平穏はない。いつかどこかで必ず平和な日常は壊される。それが自然の力によるものか、人災によるものかは関係ない。その時、大きな喪失をどんなふうに受け止めたらいいのか。まだ答えは出ていないが、求めようとあがくことにまずは意味があるのだろうと思う。

そして原発のために、今も大きな損失・喪失が日々続いている。それは忘れちゃいけない。

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