ミヒャエル・エンデ
岩波書店
発売日:1984-07-13

某B○○k offで出会ったエンデの本。「こんな物語も書いていたんだなぁ」と手にとったら戯曲だった。あまり戯曲は読まないので遠慮しようかと思ったが、挿絵の 魔力 魅力に取りつかれてしまい、そしてここで手に入れなかったら二度とめぐり合うこともないだろうという予感が働いて、結局買い。

エンデの思想が色濃く出ている戯曲。劇中劇と(物語中の)現実世界が溶け合ってゆくさま、鏡の精、ガラスの塔に住む不老不死のお姫様、悪を象徴する蜘蛛、呪いのためすべてを忘れてしまった王子様など、興味深いモチーフがいっぱい。先に「闇の考古学」を読んでおいてよかった。

この物語は入れ子構造になっていて、外側の物語は、馬もテントも質に入れてしまった落ちぶれサーカス団がいたが、彼らが当面の宿である空き地からも化学工場建設のために追い出されようとしている話。サーカス団存続の道は、あるにはある。化学工場の持ち主がサーカス団を引き受けようと申し出た。が、それは団が拾った病身の少女、エリを捨てるのが条件だ。彼女はその化学工場から流された廃液の犠牲者らしいのだ。メンバーは悩みに悩む。

内側の物語は、サーカス団の一人が語る、王子とお姫様の恋物語。外側の物語と内側の物語は壷の外側と内側のような関係で、王子とお姫様の物語は、サーカス団のメンバーの魂の物語となっており、王子と姫を陥れる悪役はまた、サーカス団を窮地に陥れる悪役と本質的な部分で重なる。だから、王子と姫が悪役の奸計を打ち破って結ばれた時、その物語を聞いていたサーカス団のメンバーは人としての矜持を取り戻す。その結果、立ち退きを迫る重機と相対峙することにを決めた。敵うわけがないとわかりきっていたにもかかわらず。

彼らは確かに「現実」の世界では敗者に見えるかもしれない。しかし魂のあり方から見ると(言い換えればエンデの価値観によれば)、完全な勝者だ。この結末について、作者のエンデは何も感情的な言葉を挟んでいない。それがかえって、彼らの高貴さを引き立たせ、魂の勝者が現実世界では敗者になってしまうやり切れなさをひしひしと伝えてくるのだ。

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