トラウマ系児童小説の有名どころであるこの本。「光車」ってナニモノ? と思いつつ奇妙な世界観に引きずりこまれて最後まで読みきってしまった。

ある雨の日からそれは唐突に始まった。小学校六年生の一郎は、教室の後ろの入り口から三人の化け物が入ってくるところを目撃する。でも化け物と思ったのは一瞬のことで、彼らは遅刻してきたクラスメートだった。しかし、それ以来一郎に身の危険がせまる。その3人組に襲われそうになるだけでなく、水に――、いや、水の奥に潜む悪魔のような化物が襲ってくるのだ。一郎に救いの手を差し伸べたのが、やはりクラスメートの龍子だった。彼女は仲間を集め、水の悪魔に対抗するには3つの「光車」を見つけるしかないという。こうして龍子vs水の悪魔との戦いに一郎は巻き込まれてゆく。

どこにでもある「水」が襲ってくるという恐怖、敵がどんどん増えてゆき、ついには「警察より怖い」と言われる緑の制服部隊(秘密警察みたいなもの?)までもが襲ってくるという逼迫感、水をくぐり抜けたさきにある「裏側」世界の、悪夢を見ているような奇妙さ、などなど、あの独特のホラーな感触は、好きな人はどっぷりハマるだろうなぁと思いつつ、読み終わって、ちょっと醒めた目で思い返してみると、けっこう微妙なファンタジーだったなぁと思う。

時代背景が古いのは全然問題にならない。むしろ当時だからこそ使えるからくりや設定(70年代に書かれているので、携帯がないのはもちろん、長屋やアパートに住んでいる人などは大家さんちの電話を使わせてもらう)が面白いし、「自分の子どものころはまさにんあんな風だった」と懐かしさも手伝って非常に楽しめた。
古さというか、時代を感じたのは、有無を言わせない強引な展開や、ややご都合主義的な小道具、そしてわざとらしささえ感じる濃い演出であり、それらは当時流行っていた特撮ヒーローもののノリを彷彿とさせる。特に龍子たちのアジトであった廃工場のやぐらがボートに変形するあたり、サ○ダー○ードとか、○レンジャーとか思い出してしまったよ。

それはそれとして、興味深いモチーフが散りばめられているのも確か。
水面を境界とするウラの世界とオモテの世界、「人体は都市」(あるいは都市は人体)説、ルミが土人間に助けられるくだり、主人公を始め、彼と行動をともにする子どもたちはみな、父親を亡くしているらしい、など、一つを取り上げるだけでもブログの記事が一本書けるほど突っ込みがいのあるものばかり。

ひとつ、わかりやすいものを取り上げてみよう。「ウラの世界と国家が手を結んだ」という設定。
ウラの世界の住人の代表は、一郎に本性を見破られたクラスメートの三人組であり、国家の側についているのは学級委員や担任の先生。この両者が共謀して、一郎や龍子やルミなど、水の悪魔と光車の存在を知る子どもたちを追い詰め捕らえようとする。一郎たちは「真実を知るもの」、国家は「真実(=ウラ世界の存在)を知られては困るもの」という構図が成り立つ。
最終的にウラの世界は光車によって退けられ、また、王女の帰還によって二度とオモテの世界には手を出さないと思われるが、もう一方の敵、つまり国家は変わらず虎視眈々と、水の悪魔との戦いを戦いぬいた子どもたちを監視している。いったん目覚めた=正しくモノが見えるようになった子どもたちは、いつだって権力者にとっては要注意な、もっと突っ込んで言えば、何かあれば真っ先に排除したい対象だろうから。
悪者を退治したよ、これで安心、というハッピーエンドでは決してなく、油断したらいつ権力者に襲われるかわからない、という不安を残した結末。この不安は、「物語」という架空世界の枠を乗り越え、読者の心にリアルな恐怖感を植え付ける。
それでも、たくましくなった一郎とルミを見ていると、この子たちならきっと次のバトルも戦い逃げ延びるだろうという希望を感じることができる。

もうひとつ、この物語においてヒーローは龍子、ヒロインはルミで、一応主人公である一郎は二人の間に立つナレーターだと確信している。そして龍子がヒーローだとすれば、この物語はヒーローが自分の命と引換えに水の悪魔から町を守った、という見方ができるから面白い。
神秘的なオーラを持ち、とても小学生とは思えない判断力と行動力を持つ龍子の真の姿は、ウラの国の王女であり、何年か前にオモテの国へ拉致されてしまったという設定になっている。そしてこの拉致事件のためにウラの国の王はオモテの国を乗っ取る計画を動かしはじめた、というのが水の悪魔事件の真相である。
ウラの国の描写は、「一郎の冒険」、「ルミの冒険」という章でそれぞれ詳しく出てくるが、ルミの冒険がキーポイントをたくさん含んでいる。一人乗りのボートで川をさかのぼってゆくルミが見たものは、不思議な光の中で「水の悪魔」に変えられてしまう子どもたちや、川の両岸でひっそり生活する土色の人々であり、ルミはこの世界に足を踏み入れるにあたり、妙な懐かしさを覚え、思わず亡き父の名を叫んだ。そして土色の人々は、ルミがピンチに陥った時、まるでそうするのが当たり前のことのように彼女をかくまうのだ。ルミがさかのぼっていた川は黄泉の国を流れる川で、その両岸で穏やかに暮らす人々はオモテの世界ではすでに亡くなった人たちではないのか。明確なヒントはなかったが、そう考えてもおかしくはない。
先に書いたように龍子は最後に王女としてウラの国に帰る。それは、生と死の境界を乗り越えてしまった彼女が、本来居るべき黄泉の国へ戻ったと考えてよさげだ。

しかし、黄泉の国の王と国家権力が手を結ぶって……。国民の魂を悪魔に売るような行為だな。そしてそれは今現実の世界でも起きているわけで。

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