「狩猟と編み籠 対称性人類学2」の続き。
三部に分かれており、Ⅰ「野を開く環」、Ⅱ「知のフォーヴ」、Ⅲ「空間の野生化」となっていて、「野生の思考」と科学をつなげてみる試みが含まれている。扱われる分野は経済学、神話、民藝運動、曼荼羅、地図学など多岐にわたる。
たとえば経済の話では、「カタクラシー」という用語が登場する。等価交換(現実に属する)と純粋贈与(無意識の世界に属する)の二重の意味を持たせた、ギリシャ語に起原を持つ造語だ。これまで経済は等価交換のみを土台にすえる市場論理で分析されてきたが、それだけでは人間の経済活動を説明しきれず、無意識の働きに関わる純粋贈与までひっくるめた理論を構築する必要があるという流れになる。

話題が多岐にわたるのは、雑誌に掲載された論文や講演を書き起こした文章をまとめたためであり、どうしてもまとまりに欠ける印象はあるが、本書で一貫して扱われているのは、つまるところ人間の無意識と現実認識がいかにしてリンクされているか、である。
無意識と呼ばれる心の領域は時間軸や因果に縛られず、生命の力がダイナミックに渦巻く領域であり、他方、現実と接する意識の表層は物事を因果律と時間の流れに沿って不可逆的に認識する。2つの領域は異質であり、連続的につながることはできないはずが、なぜか人の心のなかでは両者が共存し、連動している。
中沢氏はそのからくりを、クラインの壺、トポロジー、射影平面、神話の公式などを使って説明してゆく。いずれにしても、ねじれを含むのがポイント。次元の違う世界をつなぐにはどうしてもねじれの構造が必要になるのだ。

非常に抽象的な話であり、見えず、触れも出来ない事象が語られているにもかかわらず、なんでこんなに分かるんだろうという不思議なくらい腑に落ちて心地よかった。これはやはり無意識の構造が的確に分析されているがために、それこそ無意識が喜んで受け入れてるのだろうか。
という冗句はさておき、これまで心の働きは解析不可能、あるいは学問では触れない領域だと思い込んでいたのが、こうやって理路整然と説明されると非常に心地よい。「気のせい」とか「虫の知らせ」はそれこそ気の迷いではなく確かに根拠があって存在すると思うと、いつも心の片隅にあったもやもや感が減った気がする。

そしてファンタジー書きの人にとっては必読書になるだろうと思う。なぜならファンタジーは無意識の世界に渦巻く力を物語として現実世界に表出する手段だから。

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