「ねじまき少女」と同じ世界観で書かれた短編2つを含む、バチガルピの短篇集。
ねじまき~に限らず、どの話もバイオ系の技術を使った設定でなおかつディストピア。なかなか厳しい話が多いのだけど救いが無いわけではない。厳しい世界でなんとしてでも生き延びてみせようと人があがくとき、生命力は本来の輝きを見せる。全十作。

「ポケットの中の法(ダルマ)」
・近未来の中国にて。鉄筋やコンクリに変わり、遺伝子操作で生み出した巨大植物がビルとして利用されるような世界。その下の路地裏で物乞いの少年が、とある人物の人格データの入ったデータキューブを入手する話。少年にとっては、ある意味お金よりも貴重なブツだった。たとえそれが社会的な価値を失っていたとしても。

「フルーテッド・ガールズ」
・若返り術が開発され、大金をかければその技術が利用できるようになった時代。女優で若返り術を施している美しい「領主」は、地元の村で美しい双子の姉妹を見つけ、彼女らを引き取って成長を止めた上、体内に楽器を埋め込むという改造を行う。彼女らをスターに育て上げて収益を上げ、パトロンなしで若返り術を受けられるようにするためである。しかし改造させられた少女の心の中を、美しく残酷な女領主は知らない。

「砂と灰の人々」
・人間以外の生態系は破滅し、人はゾウムシを体内に飼うことで砂や岩や毒素すら体内に取り込んで栄養とすることができるようになり、折れた骨はたちまち接合し、切断した手足は一晩で新しく生え変わる身体となる。そんな世界にどうしたわけか本物のイヌ――昔の人類のようにタンパク質を食料とし、怪我はなかなか治らず、すぐ病気になる――が迷い込み、三人の「人間」の世界を少しだけ変えてしまう。

「パショ」
・砂漠の伝統的な村で育った青年が湿潤な都市で「パショ」=賢者となり、故郷の村に知恵を持ち帰ろうとする。が、伝統を重んじる村の人々は頑迷ともいえる頑固さで彼のいうことに耳を貸さない。それどころか知の倉庫を再び襲わんとする勢い。青年は故郷にとって真に大切なことが何であるかを慮った末に、ある行動を起こす。

「カロリーマン」
・近未来のアメリカ、石油などの鉱物資源が枯渇した後の世界の話。人々は動力を筋肉と穀物に頼っていた。人や動物が動いたり働くことで活動エネルギーが得られる。昔の石油企業に代わり、この時代は遺伝子操作された「安全な」穀物を独占する企業が世界のネジを回していた。これは「ねじまき少女」と同じ設定。ここに登場する「カロリーマン」とはそういった企業の人間を軽蔑を込めて指す言葉。ただしすべてのバイオ研究者が企業の言いなりになってるのではない。中にはここに登場するように、世界の人々のために、穀物の独占状態を打ち砕くために動くカロリーマンもいたりする。

「タマリスク・ハンター」
・同じ近未来のアメリカでも、今度は水資源が枯渇しかかっている中西部が舞台。そこで水分を大量に吸収してしまうタマリスクを伐採しては報奨をもらって暮らす男が主人公。水資源の枯渇の原因は明らかにされていないが、地球温暖化による気候変動とみられる。

「ポップ隊」
・若返り術が一般庶民でも使えるようになり、ほとんどの住人が不老不死を手に入れた時代の都市ニューヨークが舞台。不老不死と引換に人々は繁殖能力を捨てた。が、若返り術を放棄することによって繁殖能力を取り戻し、不法に子どもを産む女性は跡を絶たない。ほうっておくと人口過多になって都市の快適な暮らしは失われる。そこで「ポップ隊」という、不法に生まれた子どもの処分と母親の逮捕をする仕事があるのだが、主人公はこの仕事をこなすうち、「繁殖」の暴力的な魔力に飲み込まれそうになってゆく。

「イエローカードマン」
・これはまさにねじまき少女と同じ舞台で起きた話。というか、ほとんど前日譚。暴動でマレー半島を追われたイエローカード中国人(貿易会社の元社長)が逃げ延びた先のタイ王国で、底辺の生活を味わいながら、どうにか生き延びる話。彼は己の力で道を切り開いて、外国人の経営するゼンマイ製造工場の事務員として滑りこむのだ。途中でエミコらしきねじまき少女と遭遇している。

「やわらかく」
・唯一の現代アメリカが舞台となっている話。殺人は出てくるがミステリでもサスペンスでもなく、殺人犯はあっけなく逃走に成功する。心理的にはアイロニーのきいた話。

「第六ポンプ」
・これも近未来のニューヨークが舞台ではあるが、石油資源も水資源もまだ枯渇していない。その代わり人の知能が枯渇しはじめているという話。ある時代からどんどん人々の知能が低下してゆき、100年前に製造された頑丈な下水ポンプにガタが来ても、もう直せる人間すらいないというのだ。原因は食品に含まれる化学物質であるとほのめかされている。リアル世界でも話題になっているためか、あえてはっきりとは書かれていないが。

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