シンプルな字面の割に本質的なことをぐさりとついてくるところが、面白く感心した。
世界のあり方は決してひと通りではないという議論から始まり、ネットによって情報過多になった現代人の「自我」はどこにあるのか、「フクシマ」以降の世界をどう生きるか、など、今を生きる人間なら当然気になるであろうテーマが取り上げられ、今後の自分のあり方を考える参考になる。

現代の問題に取り組む前に、軽く近代哲学のおさらいをするのだが、これが見事に核心をついていてわかりやすかった。デカルトの「我思うゆえに我あり」から始まる人間中心主義と、中世までの「この世界は人間以外の何者かがコントロールしていて人間はあくまで世界の一部」という考え方の対比で、まず目からウロコが落ちかかる。著者は人間中心主義のことを「世界のすべては人間が予測し管理できるという物の見方」あるいは「自我があるから世界が存在するという考え方」と言い表し、その限界があらわになったのが「フクシマ」なのだという。世界には人智を超えた力が明らかに働いているということを、私たちは目の当たりにしたのだから。
フクシマと似た事象として引き合いに出されているのが1300年代におきたリスボン大地震で、これがルネッサンスの引き金となったという。ポルトガルにある信仰深い町、リスボンが地震と津波で壊滅したという事実は、当時のキリスト信者たちに大きなショックを与えた。神は本当にいるのか、あるいは神は本当に人間の味方なのか、という議論が噴出し、それが人間を世界の中心に置くルネッサンスへとつながっていったのだという。これはまさに「へぇー」だった。

現在の研究では、人間は何もかも予測できるどころか、人間がすべてを予測することは不可能だということが証明されている。まあこれは、ゲーデルの不完全性定理がその代表だと思うけれど、それが現実の出来事として現れたのが「想定外」の津波に襲われ、「想定外」の全電源喪失となった「フクシマ」だったわけだ。
今の時代の人間は「想定外」を想定に入れて世界と渡り合うしかない。人間が世界をコントロールできるという幻想はもう消えてしまったのだから。

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