先だっての3月5日、児童書読みのための読書会を開いてみた。最初から風呂敷を広げすぎると収集がつかなくなりそうだったので、一般に広く募集をかけるのではなく、本が好きそうな知り合い数人に声をかけ、公共施設の会議室を借りててこじんまりと。(本当はカフェで開いてみたいんだけどね)

初回の課題本はこれ、ポール・ギャリコの「雪のひとひら」

女性の人生を雪のひとひらに例えた寓話。雪が大地に降り立ち解けて水となり、雨のしずくと共に川の流れに乗って運ばれ、最後は海に出てついには蒸発し天に帰ってというストーリーは、そのまま女の一生として描かれている。1960年代に書かれたため、女性の人生観としては古風な感じはぬぐえないが、とにかく情景描写が美しいのと、自分を生み出してくれた大いなるものへの帰依の感情の美しさは絶品。

特に最初の「雪のひとひら」が誕生し、この世の不思議に感嘆するシーンと、最期に「雪のひとひら」が、この世に生まれ落ち生ることの意義を見出し、ついに大いなる存在のもとへ、あたたかく迎えられるシーンは、信仰を持たない身としてもやはり非常に感動的だったし、最も人気のあるシーンでもあった。

しかし、この美しい寓意に満ちた物語も妙齢の女性たちの手にかかると、悲しいのを通り越して大笑いするまで突っ込みを入れられる。雪のひとひらと雨のしずくが結婚するのはいいとして、子どもが生まれるってどんな状況? とか、水の存在にしては人間界のことを知りすぎているとか……。もちろん、自分を含め、みなさんこの物語の美点は重々承知の上のことだし、人生の意味や創造主のことなど、存在の根源にかかわる内容は、リアル世界を使って描くより、余計なしがらみを排除できる寓話の方が描きやすいものだということもよくわかる。でもやはり、ファンタスティックな物語を見るとどうしても突っ込んでしまいたくなるのがオバサンの性。たぶん、年齢・経験的にものすごく現実的な世代なのだ。日々家事、育児、仕事に振り回されて夢のほころびを嫌というほど知っている。だから夢物語を見ると、そこは見てはいけないお約束だと知りつつ、つい裂け目を探してしまう。

ということで、今回は本のチョイスに問題があったかも、と反省。参加してくださった皆さんの性向、好み、読書会に対する希望がおおよそつかめたところで、次はがっつり語り合える作品を選びたいなと考えている。あとは、年齢的にもう少し幅広く人を集められたらと思う。

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