今監督没後3周年(三周忌とは違います、念のため)ということで、8月の終わりからちまちま見続けたTVシリーズ。全13話だからこじんまりした話かと思えば、とんでもない代物だった。

キャラクターデザイナーの鷺月子は「マロミ」という癒やしキャラをヒットさせたものの、新作づくりに行き詰まり悩んでいた。ある晩、夜道で通り魔に襲われる。月子は通り魔の姿を「バットを持ち金色のローラーブレードを履いた少年」と刑事に供述し、そこから、追い詰められた人々のもとに現れるという「少年バット」の都市伝説が始まり、何人もの被害者が出る。現実と想像の世界を自在に行き来する少年バットは警察を悩ませ、都会の人々を恐怖に陥れる。が彼は決して無から生まれたのではない。月子の妄想から生まれ落ちた彼は、都市の人々の恐怖と好奇心を栄養としながら怪物へと育っていったのだった。

この設定だけに関して言えば、さほどぶっとんでいるわけではない。しかし登場人物の描き方がいちいちエグいのだ。プライドをへし折られる小学生男子、二重人格に悩む才媛、組の人間に貢がせていた警官が逆に組の親分に搾り取られ、ついに強盗に成り果てる話、中二病をこじらせ、自分を正義の勇者だと思い込む中学生。自殺サイトで意気投合した人たちが、一緒に死のうとリアル世界で集合したらその中に小学生が混じっていたという話。少しだけ意地悪目線で社会の隙間に落ちてしまいそうな人たちを取り上げ、少年バットの一振りで決着をつけさせるそのやり方は、監督自身の言葉「親切な不親切」そのまんまだなあと、うなってしまった。

また、この話には社会から完全にこぼれ落ちて、自分の妄想の世界にひたる人たちが登場する。解読不能な計算式を地面に書き続ける老人、いい年して正義の味方に変身してしまった若手の刑事、夫を慕い過ぎてノイローゼになってしまった妻。いわゆる「いっちゃった人」たちだ。でも彼らには少年バットの正体がわかっている。なぜなら少年バットもまた妄想から生まれた存在であり、人々が噂することで現実世界へ入ることが可能になっただけのことだから。ものごとの本質はあちら側の世界にあるという演出。真実を告げることができるのは、あちら側の世界へ通じる扉を開いてしまった人々だ。

そして逃避願望。それを体現しているのが、作中で大ヒットしているイヌのマスコット「マロミ」。リアル世界でいうとちょうどリラックマみたいな立ち位置にある(ちなみにリラックマの初登場は2003年、妄想代理人のオンエアが2004年)が、もう少し毒がある。マロミの口癖は「休みなよ」「悪いのは君じゃない」。どちらも現実をスキップするための呪文であり、この呪文を使って巧妙に疲れた現代人の心の隙間にもぐりこんだ。マロミに心を奪われた人々は次第にセルフコントロールを失ってゆく。
「あなた(少年バット)とマロミは同じ」「(どちらも)危険です」と、第12話で刑事の妻が喝破しているが、これが監督の本音なんだろうなと感じた。彼女は妄想世界に囚われていた夫をレスキューした後、皮肉なことに病死してしまうのだが。

少年バット事件がすっかり解決した後も街は変わらない。ここにも監督の皮肉が効いている。妻にレスキューされた夫は刑事の職を失ったまま、一介の警備員として淡々と日々を過ごすし、少年バットの謎を解いて事件を解決へと導いた若い刑事は正気を失ってしまうし、少年バットの脅威から逃れた人々は以前と変わらぬストレスフルな日々を送り、消えてしまったマロミの代わりに新しくネコの癒やしキャラが流行りだす。ひとつ希望があるとすれば、それは過去のトラウマを解消した月子が活き活きと動き始めたこと、ぐらいかな。

九の虚しさと一の希望。なのに、見終わったあとはなぜか心が軽くなって笑い出したくなるのだ。オープニングに登場するキャラクターたちのように。で、頭の中に流れるのは「夢の島思念公園」。

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