全24話をDVDで、ちまちと6週間かけて見た。
いやあ、とんでもないもの見ちゃった、というのが第一印象。

大筋としては、アレクサンドル・デュマ「モンテ・クリスト伯」のリメイクなのだが、そこに「モンテ・クリスト伯」から着想を得てA・ベクターが書き上げたSF「虎よ! 虎よ!」の要素を加味した上で、主人公を復讐される側の少年にしてしまうという、月面宙返りのようなリメイクが施された作品。

舞台は宇宙開発が進んでいる未来のパリ。かつて宇宙船乗りだったエドモン・ダンテスは船長の座を約束され、美しい婚約者を得て幸せの絶頂にいた。それが、友人の妬みをかって無実の罪で宇宙の果ての流刑地送り。絶望の歳月を過ごした後「岩窟王」という亡霊と出会い、超人的な力を得て「モンテ・クリスト伯」と名前を変え、てかつての友人たちの前に姿を現し、復讐劇が始まる。手始めは婚約者を奪った男の息子、アルベール・モルセールの心に取り入ること。
物語はすべてこの15歳の少年、アルベールの視点で描かれる。謎めいて魅力的なモンテ・クリスト伯と、次々と友人や自分の家に振りかかる破局の間で、彼は激流に飲まれる木の葉のように翻弄され、人として成長してゆく。

主にパリの貴族階級の中で繰り広げられる物語なので、背景や小物が豪華絢爛。ベル・エポックと呼ばれた時代のパリが、現代をすっとばしていきなり未来に飛んでいってしまったかのような不思議な世界が立ち現れる。進化したテクノロジーと古き良き時代のパリの美しさが同居していて、何を見てもため息モノ。オペラ座の装飾、上流階級の衣装などは言うまでもなく、たとえばタイプライター型のコンピュータ用キーボード、万年筆型のメモリ、手帳型のタブレットに至るまで雅なデザイン。もしニューヨークが舞台だったなら、こうはいかなかっただろうな。

モンテ・クリスト伯は実に魅力的な悪役として仕立てあげられている。岩窟王を呼び出したほど強力な復讐の意志と絶望の深さと非情さ、そこにエドモン・ダンテスが本来持っていた人間的な包容力が加わる。彼は鬼ではあるが邪悪ではない。だが復讐の方法は徹底している。普通は命を奪えばそれで終わりだが、彼の最終目的は「永遠に絶望を与えること」。苦痛からの解放である死を与えることはしない。そのために打つ手のヒドさといったら、それはもう的確であり、優雅であり、悪趣味だ。

そうしてじわじわと復讐の相手3人を破局から絶望の淵へ追いやったのち、最後に残るのは、かつて愛した婚約者と彼を裏切った友人の間に生まれた子ども、つまりアルベールだった。かつてのエドモン・ダンテスはアルベールに友人として近づきながら、彼の婚約者を奪い、親友の命を奪い、親の社会的地位を抹消し、最後には命を奪おうとする。

しかし、最後に勝ったのはアルベールだった。彼は何をされようとも、そしてすべての事実関係を知った上でモンテ・クリスト伯の仕打ちを赦したのだから。
かつての恋人の「あなたの苦しみ、孤独、憎しみをすべて引き受けるから」という叫びも、人買い市場から救い出した亡国の姫君の「あなたを愛しています」という告白も、岩窟王となった伯爵の心には届かなかったが、ただひとり、復讐の相手であるアルベールが伯爵を赦し、ありったけの愛情を表現した瞬間に岩窟王の呪縛は解けた。伯爵は再び死ぬことができる身体に戻り、エドモン・ダンテスとして息を引き取る。この、愛によって一番肝心な復讐が果たせなくなる、というラストは「虎よ! 虎よ!」を彷彿とさせてなかなか奥深いものがある。

ちなみに原作の「モンテ・クリスト伯」では、復讐を果たしたエドモンはエデとともに遠くへ旅立つラストになっている。これはこれでスッキリできる終わり方だが、自分としてはアニメ版の方が好みだ。そして原作にはいなかった、アルベールの親友フランツ。彼がまた本当にいいヤツすぎて、目から汗が出るレベルなんですよ……。体を張って、アルベールに復讐ではなく赦しを教えた張本人。

アニメ版の「岩窟王」は、復讐される側のアルベールを主人公にしたことで、物語の核が痛快な復讐譚から深遠な赦しの物語へ、そして少年たちの成長物語へと変貌したんじゃないかと、そう思う。

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