秋晴れの勤労感謝の日、第7回名古屋SF読書会が開催された。本好きクラスタの皆様にとっては、勤労=読書と解釈してよいのではないかと思う。

今回の課題本は、スタニスワフ・レム『ソラリス』(沼野充義 訳)。満を持しての登場となった。
内容をざっくり紹介すると、惑星ソラリスの上空に浮かぶステーションに、ある学者が派遣される。彼は心理学を専門とするソラリス学者で、巨大な「海」状の生命体、ソラリスの秘密に触れることになる。ソラリスから人間への働きかけ(?)が、ステーションに滞在する研究者の個人的なトラウマを具現化するというかなりヒドイ方法で、人間の存在というものが揺さぶられるわけで……。

なお、旧訳版にあたる『ソラリスの陽のもとに』(飯田規和 訳)もあるが、こちらはロシア語に翻訳されたバージョンを底本にしており、ロシア語版は検閲を意識して削除された部分がある。今回取り上げる新訳版は、ポーランド語の原作からダイレクトに訳されたもので、削除部分も補完済み。

旧訳版はこちら

参加者は25名、3テーブルに分かれての語り合い→各テーブルの意見をシェアといういつもの流れ。

さて、私が振り分けられたのは、長澤先生のグループで、翻訳家の中村融氏も同席されていたため、作品のみならず、レムについての興味深いエピソードを伺うことができた。前回(第5回)に引き続き、超ラッキー。

*あらためてストーリー紹介
ソラリスに派遣されたばかりの心理学者、ケルヴィンはいきなり不可解な事態に遭遇する。先にステーションにいるはずの三人の研究者のうち、上司にあたる研究者は自死、のこる二人も決して自室に他人を入れようとせず、意味不明な行動を繰り返す。じきにケルヴィンのもとに、今は亡き妻そっくりの人間が現れる。だが、彼女はある意味不死で、宇宙空間に放り出しても次の個体がどこからともなく現れる。それは結局、ソラリスが人の脳波を解析して送り込んできた疑似人間とでもいうべき存在で、どうやらほかの研究者にも違った形で表れているらしい。なぜソラリスがそんなことをするのかは不明。疑似人間は「お客さん」と呼ばれ、解析の結果、原子ではなくニュートリノで肉体が構成されているらしいとわかる。そのため、彼らを消すにはニュートリノを崩壊させる装置を使えばいいとわかる。ただ、やっかいなのは、コピー人形にすぎなかった「お客さん」に自我が宿り始めたように見え始め、ケルヴィン自身、妻の姿かたちをとった「お客さん」を本気で愛し始めたこと。他の研究者ともめた末、ケルヴィンの「お客さん」は自分の意志で消えることを望み、実際に消えてしまう。いっときは混乱するケルヴィンだが、落ち着くと、自らステーションを出てソラリスの海辺に降り立ち、それまで、その不可解性で人類をさんざん翻弄してきた「海」とコンタクトを取ろうと、新たな試みを始める。また、エピソードの合間合間に、過去の研究者たちが積み重ねてきた「ソラリス学」のうんちくや調査団のエピソードが挟まれ、人類と異星人のファーストコンタクトの記にもなっている。

*意見・コメントなど
どこに焦点を当てるかによって多面的な読みができる作品。

読み返してみると、記憶にあるよりも恋愛要素が強いことに驚いた。

ソラリス学が面白い → 架空の書物の書評を集めた作品「完全な真空」というレム作品がある。レムは幼少のころから架空の王国を作ったりして遊んでいたという。ソラリス談議については「メニピアン・サタイア※(人間の思考の様態を風刺する文学)」という、様々な意見を戦わせるだけの哲学小説の体裁をとっている。また、ソラリスは二重星の太陽を持っていることから、もともと焦点は二つあって定まらないという隠喩もある。(以上、中村先生のコメント)
※注:読書会の時は「メニピアンスタイル」と聞き取りましたが、あとで検索したら「メニピアン・サタイア」が正解のようです。

異星人とのコンタクトについて、もしそれが存在するとしたら、人間にはとうてい理解不能な何かだというのが作者の考え。それゆえ、ほかのSF作品にありがちな、人間に引き寄せた異星人の造形を認めない。
だが、本作の主人公ケルヴィンは、不可能性を認めながらもかすかな希望を捨てきれない。これが最後の一行に表れる「残酷な奇跡」。

ソラリスとは不完全な神、あるいは生まれる前の神 → ただし他作品では、不完全な神=人間とされている。ちなみにレムは無神論者

レムが書きたかったのは、人間個人の物語ではなく種としての人類。なので、登場人物の背景については深入りしておらず(タルコフスキーによる映画版ではかなり深入りしていたが)、本作では名前があるだけマシだとも言われるほど。

ソラリスが送り込んだハリーは、結局何者だったのか。もともとはケルヴィンの記憶にあるハリーを完コピしたはずが、自我を持ち始め、自分の存在について悩みはじめ、ついには自死を選ぶ。ソラリスによって生み出され遣わされた存在だが、人間をコピーしているため人間成分50%、ソラリス成分50%といったところか。

最後に自分の意見を付け加えておくと、ケルヴィンはソラリスが送り込んだハリーの中には、もはや昔の妻を認めず、むしろソラリスそのものを感じていたのではないか。だからこそ、最後の最後でソラリスの海と直接触れ合おうとしたのではないかと思われる。

*個人の感想
たしかに切ない恋愛ものであり、これが「ソラリス」の魅力の半分を作っているとは思うが、それより興味深かったのは、未知の生命体を何とか理解しようという人類の試みの積み重ねだった。なので、ソラリス学の部分は(小難しい内容が並ぶので寝落ちしながらも)面白いと思ったし、読みながらレオ・レオニの「平行植物」を思い出していた。人の想像力の限界に挑戦するような面白さだ。そこから発展して、お互い理解しようとして、どうしてもすれ違ってしまう人類とソラリスの関係はとてもロマンチックかもしれないと考え始め、理解不能性についていえば、男女の間も案外そうかもしれないと思った次第。

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