アリータとガリィの間

何年も待っていた「アリータ:バトルエンジェル」を見てきた。

木城ゆきと原作のコミック「銃夢」の実写版映画。
ジェームズ・キャメロン監督が惚れ込み(「シェイプ・オブ・ウォーター」のデル・トロ監督が紹介したという)、10年以上も前に版権を取っていたので、今か今かとファンが映画化を待ちかねていた作品だ。
ファンにとって幸か不幸か、キャメロン監督は「アバター」のヒットのおかげで忙しくなってしまい、銃夢の脚本までできたものの、時間がなくなってしばらくお蔵入り。話が進んだのは、キャメロン氏の友人であるロバート・ロドリゲスが監督を引き受けてくれたからだという。というわけで、原作:木城ゆきと、制作・脚本:ジェームズ・キャメロン、監督:ロバート・ロドリゲスという組み合わせで「バトルエンジェル」が生まれた。
主人公ガリィの名前がアリータになっているが、銃夢の英訳版が出たときにガリィ→アリータと変更されたらしい。もともと「ガリィ」という名は男性名だから(元ネタは「虎よ! 虎よ!」の主人公、ガリィ・フォイル)内容をわかりやすくするための処置だった模様。

さて、実写版公開を楽しみにはしていたものの、原作付きの映画がスベることはよくある。背景が複雑で内容も濃い作品だと、その作品世界を2時間そこそこの枠にうまく収めるのは相当なセンスと技術が必要だから。果たして銃夢ワールドは再現できているのか、アリータと名前を変えたガリィは映像の中でちゃんと彼女らしく生きているのか、かなり心配だった。いざフタをあけてみると…

1.原作の前半部分を取り上げており、約2時間半の枠の中にきれいにまとめてある。


物語の舞台は26世紀の地球、火星との「崩落戦争」により、壊滅的な被害を受けてから300年後という設定。人体のサイボーグ化が進み、人々は身体の一部あるいは首から下全部をマシンの身体にして生きている。舞台となるアイアンシティ(原作ではクズ鉄町)は、空中都市ザレムの廃棄物を受け入れそれを糧にして生きている町。アイアンシティで診療所を開いているイドは、ある日廃棄物の山の中から少女の上半身を見つける。奇跡的に脳は生きており、持ち帰って新しい身体を与え、彼女を再生させた――ここまでは原作と変わらない。 そこから先は結構大胆な設定変更がある。
(この先、一部ネタバレしてますので、避けたい人はここで引き返すことをお勧めします)

・アリータの育ての親、イドの設定。
原作では独り者の医師で、影の部分もしっかり設定されていたが、映画ではかつて妻子持ちだったという設定。娘は殺されてしまい、それをきっかけに妻も去っていった哀しき父親として描かれている。それゆえ、父性が前面に押し出され、アリータとは擬似親子的な関係を結ぶ。
・アリータの恋人、ヒューゴの設定
原作では2巻からユーゴという名前で、ザレムに憧れる夢見る少年として登場しているが、映画では最初からアリータに絡む。原作ではイドが担っていた役割の一部(街を紹介したりハンターのたまり場へ付き添ったり)を、ヒューゴが担っている。その他の設定、例えばサイボーグを襲って部品を強奪し売りさばく裏の顔や罠にはめられて賞金首にされてしまうくだりは原作とほぼ同じ。ただし、キャラのイメージは朴訥な雰囲気が漂う原作のユーゴ少年とはだいぶ違って、ヒューゴはいかにも下町の悪ガキという空気をまとっており、むしろこのほうが物語的にはしっくりくる。
・その他
敵キャラは名前の変更はあるものの基本的な設定は原作通り。あとは、モーターボールのエピソードをうまく織り込んでいたり、重要な脇役としてイドの前妻というキャラを新たに投入したりしているが、ボリュームある原作を2時間半でまとめるためにうまく使ってあるなあという印象。また、バーサーカー体の発見は、イドではなくアリータ本人が見つけており、この変更もかつてアリータが火星の戦士だったという事実を裏付けていて、とても説得力がある。

これらの改変は、ヒロインのあり方を変えてしまうものではまったくなく、戦士として目覚め、葛藤しながら戦いの道を選び取ってゆくアリータの本質をわかりやすく見せるためにうまく機能している。さらに若い女性にありがちな、父親との対立と和解もうまく作りこんであり、上質なジュブナイル作品となった(ただし、バトルのシーンも容赦ないのでPG12)
宿敵ノヴァは原作に近いイメージ、いかにも黒幕&悪役な感じで登場するが、現時点では狂気の成分が不足。もし続編が作られるなら、そっちに期待したい。

2.圧倒的な映像

アイアンシティの描写、空中都市「ザレム」の威圧感、いずれにしてもイメージそのまんまというより、イメージ以上。特に気に入ったのが、アリータの育ての親となるイドの診療所のセット。モニターや治療用機器があるほかいかにも殺風景な診療スペースは、想像の範囲内。でも、キッチンやアリータの部屋など、生活スペースはヨーロッパテイストで、クズ鉄町の雰囲気にそぐわない。最初にアリータに与えられたボディも、白くて華奢でロココ風の優美な模様が施されている。いかにも空から落ちてきた「天使」を彷彿とさせるデザイン。
これにはちゃんと理由があって、イドはかつて空中都市ザレムにいた、いわゆる上流階級の人間で、娘の病気のためにザレムを追放されたという(これは映画の中でははっきり説明されていないが、原作によればザレムの市民は健全な遺伝子を持っていなくてはならない)。アリータが最初に身に着けたボディも、本来は娘のために用意されたものだったから、最高級品。
一方、バトルやモーターボールなどのアクションはいっさい手抜きなしで、ワイルドに描かれているので、存分に楽しめる。

3.とにかく強いヒロイン

記憶を失ったとはいえ、もともと戦士だったアリータ、ピンチのたびに戦闘本能が目覚めてゆく。最初はイドを守るため、次にヒューゴを守るため。最終的には自分のためにアリータは戦い強くなってゆく。
地上で再生した最初のうちこそ、アリータはまわりに頼っていたが、たちまち成長して、愛する人たちを守る役割を引き受ける。ヒューゴが命の危険を感じた時、最後に頼ったのがアリータだった。モーターボールの試合中だったアリータは試合を放り出して恋人を守るため街中を奔走する。ヒーローを守るヒロインですよ。カッコいい。
でも、強さの代償として彼女はどれほど心の痛みを味わったか。何度も後悔の涙を流して、そのたびに立ち直ってとても愛おしい。ストーリーの改変があろうと、スクリーンの中にいるのは、原作のガリィと同じ魂を持つ少女だった。

2019年1月&2月の読書

ここしばらくサボっていた読書記録です。積読は順調に増えますが、なかなか消化が進みません。それでもぼちぼちと心と精神の栄養を補充してます。

1月は教養系。「知的生活~」は物書き中心の生活を組み立てるヒントがいっぱい。読んで書いて弾いて聴いて読んで書いて~と無限ループを巡りたい自分にはピッタリの内容でした。「英語の発想」は英語学習者は必読の書ではないでしょうか。日本語と英語の根本的な違いを解き明かし、両者を行き来するにはどんな変換作業が必要かというテクニックにも触れています。

O-bakeの本棚 – 2019年01月 (3作品)

知的生活の設計―――「10年後の自分」を支える83の戦略

知的生活の設計―――「10年後の自分」を支える83の戦略
堀正岳
読了日:01月07日

評価4
英語の発想 (ちくま学芸文庫)

英語の発想 (ちくま学芸文庫)
安西徹雄
読了日:01月13日

評価5

powered by Booklog

さて、2月は面白い本を見つけました。
「トランスヒューマン~」は第6回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作でして、有名な童話やおとぎ話をSF世界に変換した愉快な童話集です。
「中世ヨーロッパ~」は、タイトル通りヨーロッパ中世の食事情と実際に食されていたであろうレシピの紹介。わりと素朴な料理が多く、調味料さえ手に入れば簡単につくれそうなものが多いです。コラムの中でいちばん面白かったのは中世祭りに参加した体験記。
「アンヌウヴンの貴公子」は、これも中世の話で、12世紀ごろに編まれたイングランドの伝承物語を、現代の言葉でわかりやすくリライトした作品。もとから島にいた「古き人々」と大陸から渡ってきた「新しき人々」のせめぎあい、当時の人々の信仰(非キリスト教的世界)、幽世と現し世の境目のほころび等、これは「指輪物語」などの本格ファンタジー好きなら読んで後悔はないと断言できる面白さ。続編もあるので、読了後すぐにポチりました。

O-bakeの本棚 – 2019年02月 (3作品)

トランスヒューマンガンマ線バースト童話集

トランスヒューマンガンマ線バースト童話集
三方行成
読了日:02月07日

評価4
中世ヨーロッパのレシピ

中世ヨーロッパのレシピ
コストマリー事務局
読了日:02月07日

評価3
アンヌウヴンの貴公子 (マビノギオン物語1) (創元推理文庫)

アンヌウヴンの貴公子 (マビノギオン物語1) (創元推理文庫)
エヴァンジェリン・ウォルトン
読了日:02月08日

評価5

powered by Booklog

2018年10月の読書

やっと、一ヶ月でひとつの読書記録が作れるほどには読めるようになってきました。前半、調子よく読み進めていたので、今月は10冊位いけるかも? と思ったら、後半から急にペースダウン。積読は着々と増えていくのですが……。

「華竜の宮」は、初上田作品で、地球規模のカタストロフィという大舞台はもちろん、詰め込まれたドラマや大量の細かい設定に押し流されるようにして読んでしまいました。上田氏の最新刊「破滅の王」も買ったのですが、ページをめくってみればまさかの2段組で、まだ手付かずです。

「数学する身体」は、一風変わった数学エッセイで、計算式はいっさい出てこず、かわりに哲学的な思考が登場します。面白いのは、人の身体そのものが精密な計算機であるという発見。ものすごく腑に落ちました。

「うつヌケ」は、いちおうコミックの体裁をとっていますが、もはや教養書のレベルです。うつ経験の有無にかかわらず、一度は読んでおいて損はないです。

「樹木たち~」は、ドイツでフリーランスの森林管理をしている著者によるエッセイ集。木は痛みを感じるし、社会性や個性も持つという、体験に基づいた見識に支えられており、とても読みやすい。「植物は〈知性〉を持っている」と合わせて読むとより理解が深まると思われます。

O-bakeの本棚 – 2018年10月 (5作品)
数学する身体
数学する身体
森田真生
読了日:10月07日
評価4

 

powered by Booklog

 

2018年7月~9月の読書

少しずつ読書のペースが復活してきたので、今度は3ヶ月まとめての紹介です。とはいえ、実質的には8月しか読めてませんが(汗)

O-bakeの本棚 – 2018年08月 (3作品)
かめくん (河出文庫)
夏休みということで、読書感想文が書けそうな本が多いです。

 

中学生男子の成長をみずみずしく描いた「君たちはどう生きるか」なんて、まさにそれですね。これも昭和初期の作品がリバイバルヒットしたもので、確かに時代を感じさせる描写は随所にありますが、本質的には今を生きる子どもたちに十分共感されそうです。なおかつ、今の時代ではほとんど顧みられなくなった「立派な人間」を目指せと書かれているのが新鮮。「立派」というのは、立身出世ではなく、自尊心を持ち、世のため人のために働くことのできる人間という意味で、今や絶滅危惧種な人たちですよ。
構成的に面白いのは、主人公少年と彼を見守る叔父が交換日記的なものをやり取りすることで、叔父が導き手を引き受けているのが、道徳の教科書ぽいのですが、相当に広くて深い知識が披露されており、大人でも唸ります。叔父さん何者?

 

「かめくん」は、自分が中学生のときに読んだなら、ぜひ感想文を書いてみたかった。「かめくん」という亀型の人工知性体がいる世界の話で、でも、話題はかめくんのバイトの様子とか友人との交流といった、とても日常的なことが8割。残りの2割が世界のゆらぎで、その部分に差し掛かると、ハリボテでできた世界がビリっと破れてしまったかのようなドッキリ感がある。この配合加減が絶妙で、読後感は夕暮れどきのさびしさ。

 

そしてラスボスは「哲学入門」。一気に大学生レベルまで内容が上がりますが、色んな意味でズルい。
  1. 大変高度な知的作業を要求される事柄が、昭和軽薄体を彷彿とさせるかる~い文体で書かれているため、大変口当たりがよく、わかっていないのにわかったような気になってしまう。
  2. 「入門」と銘打ちながら、実際は哲学の最先端を行っている。著者いわく「ありそうでなさそうでやっぱりありそうなもの」の代表選手、例えば「心」の存在を科学的手法で証明してみようという。哲学と科学の境界線という微妙な領域を行ったり来たりしながら、人間の知性の本質へと向かう冒険的な試み。むしろギリシャ時代から近代ヨーロッパへと続く哲学の歴史は知らないほうが理解しやすいし、論理学と情報科学の基本は必須だと思う。「人間とは何か」「人生とは何か」など、使い古されてしまった問いを新しいカタチで立て直すことにより、新しい見方が浮かび上がる。
  3. 読み進めるほどにワクワクしてくる。入門書のハズだったのに知的冒険の書とはズルい。以上。

2018年前半の読書

今年は年始から身辺がバタバタしてなかなか本を開く間もなかったので、読書記録もついに半年単位に(T_T) それでも読み終えた一桁という悲しさ。

 

瓶詰地獄 (立東舎 乙女の本棚)

 

「猫町」「瓶詰地獄」は完全にジャケ買いならぬ、ジャケ読みです。もちろん、文豪をネタにした某コミックの影響はありますが、そのような形であっても、近代日本の文学作品がリバイバルして、新鮮味をもって現代の若者たちの目に触れるようになったことは大歓迎です。

 

「嘘の木」は凄いとしか言いようのない歴史改変タイプのフィクション。しかもカテゴリは児童文学でありながら、女性の社会的立場について真正面から取り組んでいます。本好きの自覚がある若い子には超オススメ。

 

「玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ」は、高校生男子の夏の日を綴った、素晴らしくみずみずしい歌集。はい、小説ではなく五七五七七で詠まれる短歌集です。
短歌という形式は伊達に千年以上続いているわけではなく、人の心の機微を歌い上げる形式として、バリバリの現役です。

 

「アマチュアオーケストラに乾杯!」は、なまじ実情を知っているだけに、読んでいてあちこち痛かったですね。これは基本的に一般論として書かれていますが、例えば、今後、特定のアマチュアオケの動きを追ったノンフィクションなどが出たら、読み物として面白いだろうし、じっくり取材を重ねたものであれば、むしろ一般性も出てくるのでは、と思いました。