2018年7月~9月の読書

少しずつ読書のペースが復活してきたので、今度は3ヶ月まとめての紹介です。とはいえ、実質的には8月しか読めてませんが(汗)

O-bakeの本棚 – 2018年08月 (3作品)
かめくん (河出文庫)
夏休みということで、読書感想文が書けそうな本が多いです。

 

中学生男子の成長をみずみずしく描いた「君たちはどう生きるか」なんて、まさにそれですね。これも昭和初期の作品がリバイバルヒットしたもので、確かに時代を感じさせる描写は随所にありますが、本質的には今を生きる子どもたちに十分共感されそうです。なおかつ、今の時代ではほとんど顧みられなくなった「立派な人間」を目指せと書かれているのが新鮮。「立派」というのは、立身出世ではなく、自尊心を持ち、世のため人のために働くことのできる人間という意味で、今や絶滅危惧種な人たちですよ。
構成的に面白いのは、主人公少年と彼を見守る叔父が交換日記的なものをやり取りすることで、叔父が導き手を引き受けているのが、道徳の教科書ぽいのですが、相当に広くて深い知識が披露されており、大人でも唸ります。叔父さん何者?

 

「かめくん」は、自分が中学生のときに読んだなら、ぜひ感想文を書いてみたかった。「かめくん」という亀型の人工知性体がいる世界の話で、でも、話題はかめくんのバイトの様子とか友人との交流といった、とても日常的なことが8割。残りの2割が世界のゆらぎで、その部分に差し掛かると、ハリボテでできた世界がビリっと破れてしまったかのようなドッキリ感がある。この配合加減が絶妙で、読後感は夕暮れどきのさびしさ。

 

そしてラスボスは「哲学入門」。一気に大学生レベルまで内容が上がりますが、色んな意味でズルい。
  1. 大変高度な知的作業を要求される事柄が、昭和軽薄体を彷彿とさせるかる~い文体で書かれているため、大変口当たりがよく、わかっていないのにわかったような気になってしまう。
  2. 「入門」と銘打ちながら、実際は哲学の最先端を行っている。著者いわく「ありそうでなさそうでやっぱりありそうなもの」の代表選手、例えば「心」の存在を科学的手法で証明してみようという。哲学と科学の境界線という微妙な領域を行ったり来たりしながら、人間の知性の本質へと向かう冒険的な試み。むしろギリシャ時代から近代ヨーロッパへと続く哲学の歴史は知らないほうが理解しやすいし、論理学と情報科学の基本は必須だと思う。「人間とは何か」「人生とは何か」など、使い古されてしまった問いを新しいカタチで立て直すことにより、新しい見方が浮かび上がる。
  3. 読み進めるほどにワクワクしてくる。入門書のハズだったのに知的冒険の書とはズルい。以上。
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2018年前半の読書

今年は年始から身辺がバタバタしてなかなか本を開く間もなかったので、読書記録もついに半年単位に(T_T) それでも読み終えた一桁という悲しさ。

 

瓶詰地獄 (立東舎 乙女の本棚)

 

「猫町」「瓶詰地獄」は完全にジャケ買いならぬ、ジャケ読みです。もちろん、文豪をネタにした某コミックの影響はありますが、そのような形であっても、近代日本の文学作品がリバイバルして、新鮮味をもって現代の若者たちの目に触れるようになったことは大歓迎です。

 

「嘘の木」は凄いとしか言いようのない歴史改変タイプのフィクション。しかもカテゴリは児童文学でありながら、女性の社会的立場について真正面から取り組んでいます。本好きの自覚がある若い子には超オススメ。

 

「玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ」は、高校生男子の夏の日を綴った、素晴らしくみずみずしい歌集。はい、小説ではなく五七五七七で詠まれる短歌集です。
短歌という形式は伊達に千年以上続いているわけではなく、人の心の機微を歌い上げる形式として、バリバリの現役です。

 

「アマチュアオーケストラに乾杯!」は、なまじ実情を知っているだけに、読んでいてあちこち痛かったですね。これは基本的に一般論として書かれていますが、例えば、今後、特定のアマチュアオケの動きを追ったノンフィクションなどが出たら、読み物として面白いだろうし、じっくり取材を重ねたものであれば、むしろ一般性も出てくるのでは、と思いました。

念願のフル参加(名古屋SFシンポジウム)

9月最後の土曜日、もはや恒例となった名古屋SFシンポジウム2018にお邪魔してきた。
5回目となる今年のテーマは「SFフューチャー&パスト」
パネル1では、SF作家上田早夕里氏をお迎えしてのトーク。
パネル2は、映画公開50周年となる「2001年宇宙の旅」に関して、翻訳家・中村融氏と映画評論家・添野知生氏をゲストに迎えてのトーク

どちらも大変面白そうな上、今年は初めて仕事の休みと重なり、後半もしっかり聞ける。最近読書からは遠ざかっていたものの、物語好きの血が騒ぐので出かけることにした。

名古屋SFシンポ2018
パネル1では、最新作で直木賞候補にもなった「破滅の王」をメインに話が進む。「破滅の王」では、戦時中の上海自然科学研究所が舞台になる。そこで、実在の人物と架空の人物を織り交ぜながら、当時何があったかを解き明かす。だからカテゴリはSFではなく、時代小説。
御本人は、事実を書くためにフィクションを取り込んだと言われたが、資料と資料の間、文字では残されなかった真相を埋めるにはそうするしかなかったという。その意味はたいへん深い。
また、デビューの経緯、小松左京賞を受賞されたときのエピソードも大変おもしろかった。デビューしたものの、その作品はあまり売れなかったという。当時はラノベ全盛期で、ガチのSFはあまり見向きされなかったのだと。今でも、SFはあまり売れるカテゴリではないらしいので(SF沼に漬かっているとあまり実感がない/汗)、出版社の要請に応じて一般小説を出したり(もちろんそれらはヒットした)、SFとしての勝負作である「華竜の宮」を出すにあたっては、できるだけ読者に受け入れやすい形にするため、苦労して設定を変更するなど、身につまされる話がいっぱい。
「華竜の宮」の続編である「真紅の碑文」では、少しテイストが変わり、「本物の暴力」の表現に挑戦したという。暴力がアクションとして消費されてしまう傾向に疑問を抱いた、という言葉にはっとさせられる。しかし、もし暴力がきちんと表現できたら、それは決して気持ちのいいものではない。読者的には引いてしまうところはあるので、すると表現としては成立するが商売上どうなんだろうという疑問もわく。

休憩をはさんでパネル2は、「2001年宇宙の旅」を語るコーナー。実は、公開50周年を記念して、メイキングに関する本がすでに海外では出版され、現在、日本語に翻訳中なのだという。翻訳作業に携わっている中村融氏と、映画評論家の添野氏が、思い切りトリビアなトークを開始。
何より、キューブリック監督の人間離れしたエピソードの数々が興味深かった。良い作品のためには何でもやるという鬼のようなスタンス。撮影開始時点では、台本の決定稿がなく、現場のアイデア(しかも、誰が提案したかに関係なく「これは!」と思ったら採用)を取り入れながら撮影を進め、その結果、完成までに4年もの年月と膨大な費用を要したが、数々の名シーンが生まれたという話。
原作者のアーサー・C・クラークとキューブリックが共通して持っていた神秘主義的な思想について。
冒頭で、猿が骨を「武器」と認識するシーンはあまりにも有名だが、なぜそのBGMがツァラトゥストラなのか。また、猿の「中の人」が上手すぎて(?)封切り当時はリアルな猿だと思われていたとか、あのシーンの撮影のために、トラック5台分の馬の骨が用意されたとか。
スターゲイトのシーンがどうやって生まれたか、その元ネタとなる画像の紹介。
ギリシャの英雄オデュッセウスと映画の主人公ボウマンがいかに重ね合わせられているか、英雄の暗喩となるシーンの紹介。(なにしろ原題が”2001:a space odyssey”)
そして、最大の謎(と一般的には思われている)ラストの豪奢な部屋の意味について。
などなどが、実際に映画の一部を映し出しながら解説されてゆく。

「2001年~」を初めて見たのは、小学校4年の時、先に見てひどく感激した父親に連れられてのことだった。生まれて始めて子供向け以外の作品を見たのもこの時。正直、あまりわけがわかりません。ただ、映像の記憶は生々しく残り、また、その後TVで何度か放映されたのを見たこともあり、内容はほぼ覚えている。そして謎は相変わらず謎のまま。

けれども、今回のトークで、その謎がほとんど解けたし、映画に託された意味もある程度理解できた。これはかなりスゴいことなのではないか。そして、「2001年」の映像は、50年経とうが、何度見ても見入ってしまう美しさ・魅力に溢れている。ちなみに、10月19日より2週間限定でIMAX劇場にて上映されるという話だが、おや? 名古屋圏の映画館では上映されないようで……。

冬ごもり中に見たもの

今年の冬はまったく本が読めなかった。そのかわりに何をしていたかというと、アニメ作品鑑賞。もともとは、苦手な皿洗いを少しでも楽しく進めるため、キッチンにタブレットを置いて動画サイトで気になるアニメを見るということで始めたのだが、これがなかなかどうして、面白い。

年末から現在まで見てきた作品を挙げると

宝石の国
血界戦線
オーバーロード
魔法使いの嫁
ベルセルク
文豪ストレイドッグス
銀河英雄伝説
カードキャプターさくら クリアカード編
されど罪人は竜と踊る

……結構見てきたな。今どきのアニメ、少し前のもの、昭和の香りがするもの、○年ぶりの続編、いろいろある。でもどんな形であれ、現在の若い子たちの思考を映し出す鏡であることには変わりないし、なんだかんだいって、絵はきれいだし面白い。

全体として、シンプルな勧善懲悪ものはないし、むしろ人は置かれた立場で敵にも味方にもなる、という視点のものが王道になっている。あと、複雑な設定を削ぎ落とすと、主人公の成長ストーリーに還元できるものが多いとか。

そんな中で、オーバーロードは異色だった。なんと主人公は最強の存在、あらゆる使い魔がひれ伏するという設定のままで話が進む。唯一スパイスになっているのが、主人公の中の人が、現実世界では普通のサラリーマンで、内面のギャップが面白いというところぐらいか。もちろん脇キャラに魅力はあるけど、とにかく主人公は常勝で、それが読者(視聴者)には気持ちいいらしい。そうか、そういう時代なのか。

カードキャプターさくらも興味深くて、主人公のまわりはとにかく優しい友人、優しい家族。事件が起きても大人の対応。さくらが、とびきれ愛されタイプのけなげな女の子であることは言うまでもなく、ひたすら穏やかな日常が舞台。今の子は人間関係の対立が入ると見ていてつらいんだろうな、と察しがつく。しかも、この設定だと甘ったるい話になりそうなところ、決してそうはさせないあたり、さすがCLAMP。時代に対応しながら、ツボは外さない。

自分はガチで昭和の人間なので、未熟だった主人公が試練を経て成長するタイプの話が好きなのだが、そういう意味では「宝石の国」「魔法使いの嫁」「文豪ストレイドッグス」が面白かったた。特に「文豪~」は文学ネタ満載というだけで心をくすぐられるが、キャラの立て方、謎の落とし所、いろいろ好みにハマった。

「銀河英雄伝説」は、新旧比べながら見るチャンスがあって、興味深かった。自分的にはやはり古いバージョンのほうが良い。新しい方も絵柄に文句はないが、話数の都合で端折りすぎて、大事なメッセージまで削ぎ落とさざるを得ない、といった印象を受けたので。だとしても、今の若い人には、ぜひ見ておいてほしいアニメのひとつだな(できれば旧版の方)。

「血界戦線」は特別枠でお気に入り。技名を叫びながらバトルするB級アニメ、最高です。BGMはオシャレだし。

2017年11月&12月の読書

秋からこっち、なかなか落ち着いて好きな本を読める状況ではなく、それでも「これは!」という本はなんとか手にした感じです。ほかに実用書も何冊か読んでいますが、記録には載せていません。

11月分
児童小説の手堅い作品をふたつ。これはとても勉強になります。
そして! 「宝石の国」ですよ。これはアニメから入って原作に手を出したもの。原作が良いからアニメ化されたという流れではあるのだけど、アニメの完成度が高すぎて、これはハマるしかないレベルです。

O-bakeの本棚 – 2017年11月 (4作品)
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12月分
やや大人向けの小説をふたつ。

・「僕たちのアラル」はドーム社会が舞台だというので、ディストピアを期待していたら、少し……いや、かなり違う方向へテーマが向かっていきましたね。何というか、オウム事件を彷彿とさせるのですよ。詳しくはいずれみっちりと。

・「海へ向かう足あと」。これは、爽やかなヨット小説と見せかけて、最後、ものすごいディストピアに化けました。さらにイヤなことに、フィクションだと笑えない怖さ。ただ、最後のオチのインパクトが強すぎて前半の人間関係やヨットの細かい描写はなんだったの? という虚無感が後を引きます。読後感はあまりよろしくないです。

・3冊目は、たまたまKindle読み放題コースで無料本になっていたので読んでみた、はあちゅう氏の本。あちこちの本からいいところを拾い集めた切り貼りのような構成で、新鮮味も少なく、あまり読み応えはなかったけれど、読み終えた翌日にこれまた偶然 #metoo の告発があったり童貞事件があったりして、へぇーと思いながら経緯を追ったり。この人は文章の内容ではなく、パフォーマンスで人を集めるタイプなのかと思いました。あ、本の感想からそれてしまいましたね。

O-bakeの本棚 – 2017年12月 (3作品)
僕たちのアラル
僕たちのアラル
乾緑郎
読了日:12月11日
評価3

 

海に向かう足あと
海に向かう足あと
朽木祥
読了日:12月14日
評価3

 

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